57話 龍vs悪魔
三人称で進行します。
戦闘の場合この方が良いような気がしますが、どうでしょう?
ダンジョンの最奥で、三人の龍人族と一人の悪魔が対峙する。
数では龍人族が勝っており、しかも悪魔は相当な手負い。
どちらが有利なのかは明らかだが、それでも双方油断はしていない。
悪魔であるダルムは自分が本調子に程遠いのが分かっているから。龍人族は相手が格上なのが分かっているから。
三人がかりでやっとこの状況になっていることに気づいているキリルは、心の中で舌打ちをする。
(ちっくしょう。まさかこんな大物を相手にするなんて思ってなかったよ。あー、帰りたい)
どこまでも自分本位だが、誰だって悪魔将と出会ったら逃げ出したくなる。
むしろ戦うという選択肢を捨てていないだけ大したものである。
(悪魔か……一体どんなことをしてくるんだ?)
一方のレンファは、未知の敵を前にして興奮を抑えきれていない。
戦闘こそが生き甲斐である彼女からしたら、ダルムとの戦いは自分の欲求を満たす、またとないチャンスなのだ。
(帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい)
エルはといえば、心底怯えていた。
もう心が折れてしまっているが、キリルとレンファという頼もしい仲間の存在が彼女を踏みとどませた。
自分の命が一番大事だが、ある程度の良心はあるので簡単に逃げるわけにはいかなかった。
「いつまでも睨み合ってる場合じゃねえな!悪いが数で押しきらせてもらうぜ、悪魔野郎!」
膠着状態に飽きたレンファが、炎を撒き散らしながらダルムへ突っ込む。
それに合わせてキリルとエルがそれぞれ右と左に分かれ、レンファを囮にする。
「そらそらそら!」
拳の間合いにまで入り、灼熱のラッシュをダルムへと叩き込むレンファ。
ダルムはそれを槍と闇の盾で凌いでいる。魔法で操っている闇なので質量があるのだ。
「こんな力任せが通用するものかっ!」
いつまでも防御に徹しているはずもなく、カウンターで反撃と出るダルム。それを紙一重でかわすレンファ。
インファイトが得意なレンファなら、この距離で攻撃されようとも反応できる。
そして、黙って見ているわけがないキリルが、短刀を突き出し天井からダルムを狙う。
「よそ見してんじゃねえぞ!」
「くっ!」
周囲の闇のオーラで防ぐが、一撃が重いので体勢を崩すダルム。
「はあっ!『ダークネスシュート』!」
すかさずエルが追撃をするが……。
「っ!そこだっ!」
攻撃を諸に受けたにも関わらず、何ともない様子でダルムは槍を振るう。
「がっ……!」
横薙ぎの槍がエルの脇腹に直撃し、部屋の奥へと弾き飛ばす。
エルは地面に打ち付けられながら転がるが、意識が残っていたのですぐに受け身をとり衝撃を逃す。
「エルっ!平気か!?」
「は、はい……。当たったのに、何で……」
立てはするが、脇腹のダメージはかなり効いたようで、エルは苦しそうに唸る。
キリルは無事の確認をとったが、その間もレンファと共にダルムに攻撃を続けている。
「んだよ、何で効かなかったんだ!?」
「つべこべ言わずに殴れ!お前は思考しなくていいんだよ!」
レンファとキリルの猛攻を、辛うじて凌ぐダルム。その顔は決して余裕を感じさせるものではなく、事実消耗が激しい。
(まずは一人……しかしこいつら、身体能力が尋常じゃない。亜人族か?それにしては、人の姿を保ったままだが……)
戦闘の様子から敵の評価を改めざるを得なくなったが、それでもダルムは負ける気など無い。
たとえ勝機が薄くとも、誇り高き上級悪魔が逃げるわけにはいかないのだ。
(さぁて、こっからどうする?)
一方のキリルは、基本の攻撃をレンファに任せ作戦を思案していた。
狂戦士であるレンファならば多少のダメージを気にせず攻撃を行える。
ならば自分は補助に徹し、ダルムの隙を伺うのみだ。
(エルは無事だけど、まだ使えそうもないな)
キリルには、エルの魔法が効かなかった理由が何となく分かっていた。
あいつは大悪魔。そしてエルの魔法は闇属性。
ダルムも闇を使っているし、耐性も持っているはずだ。
かくいう自分も、地属性の攻撃は大体無効化できる。
得意な属性は、その分耐性も高くなるのだ。
エルは闇しかつかえないから、ダルムに対して有効打を与えることは出来ない。
それを察したキリルは、エルにはそのまま部屋の奥で回復していろと指示を出した。
(これで、数の有利は少なくなった。やだなぁ。こっちは未だにまともな攻撃が出来てないからなー)
苦しい戦いになるのは分かっていたが、いざそうなると愚痴でも言いたくなる。
ダルムが限界に近いのは見るだけで分かるが、一撃でも貰えば今の状況が崩れる。
幸いにもレンファの勢いは全く衰えていないので、このまま長期戦になればいつかは勝てる。
(なんて悠長なこと言ってられっか!長引く程、相手のチャンスが増えるってことじゃん!)
しかし、キリルはそれをする気は無かった。
満身創痍であれ、ダルムは悪魔将。本来なら瞬殺される。
短期決戦を仕掛け、相手の攻撃回数を減らすことが安全策だとキリルは判断した。
「ふんっ、手負いの俺に対して随分時間がかかっているな。やはり不意討ちでもしないと勝てないのか?」
「あたしは不意討ちなんざしねぇよ。真正面から叩き潰してやる!」
ダルムとレンファの打ち合いはますます激化していく。
キリルも援護のタイミングを伺っているが、周りを省みないレンファが逆に援護を邪魔していた。
「なあキリル、変身した方が早くねえか!?」
変身とは、龍化のことだ。
「こんな狭いところでやっても、只の的になるぞ。しない方が速く動けるから、やめときな」
暗くて見えづらいが、この部屋はあまり広くない。天井も二十メートルもないだろう。
「奥の手があるなら、出し惜しみしないことを勧めるぞ。それで死んだら後悔が残る」
「お心遣いどーも。死にかけの奴の言うことじゃないね」
口では流しているが、内心穏やかではないキリル。
すぐにでもこの生意気な悪魔を消したいが、長期戦以外に方法は……
「はっ!じゃあ挑発に乗ってやろうじゃないか、なあキリル!?」
気分が最高潮のレンファは、いつもより頭が回らなくなってしまっている。
「……ああ、そうするか。冥土の土産に見せてやるか、私達の正体を」
しかし、意外にもキリルは流れに乗ることにした。
「ほう、楽しみだな」
「ほざけ。お前が最後に見る光景だ、しかと目に焼き付けろよ」
一旦ダルムから離れ、並ぶキリルとレンファ。
二人は同時に力を解き放ち───
「ゴアアアア!!!」
「ギャオオオオ!!!」
───それぞれ、炎龍と地龍の姿となった。
「……成る程、龍人族か。これは希少なものと出会ったものだ」
目の前に二体の龍が現れようと、ダルムは取り乱したりはしなかった。
悪魔将としては若輩な彼だが、経験は十二分にある。この程度のことで動揺したりはしない。
むしろ、これこそが彼の待ち望んだ状況だった。
(俺に止めを刺そうとした時、ここだ!)
自分を倒す為の、大振りな攻撃。
攻撃ではなく変身だったが、それでも隙であることに変わりはない。
「『ゲイ・ボルグ』!」
闇で出来た無数の槍が周囲に展開され、発射される。
ダルムの全魔力を込めた一撃は、防御を許さずにキリルとレンファの体を貫いた。
キリルは胸や腕、翼を。レンファは足や目に直撃し、その巨体が崩れ落ちようとする。
「ふっ……ふはははっ!油断し過ぎたな、龍人族!俺の勝ちだ!」
最大の攻撃が当たったことで、勝ちを確信したダルム。
しかし、二体の龍の間から何か黒い影が飛び出した。
「っ?なんっ……」
それを待機していたエルと認識したのと、ダルムの上半身と下半身が分断されたのは、ほぼ同時だった。
「!?!?!?」
混乱するダルムの視界には、手足を龍化させたエルがいた。
「や、やった……やりましたよ、私!」
強敵を自分の手で倒したことにエルは大喜びだ。
「どうでした、キリルさん!?」
エルが振り返った先には、龍化を解いたキリルとレンファが横たわっていた。
「はい、お疲れ。あー、痛くて死にそう。ちょっと威力を見誤ったかなぁ」
心臓をやられてはいるが、龍人族はその程度では死なない。頑強な地龍なら尚更だ。
「キリルー。あたし目が見えないんだけど」
目をやられたレンファは痛みよりも視界のことを気にしている。
「共鳴って便利だねぇ。私らだけで会話できるし」
一見言葉を介していないようだったが、キリルは密かにエルに作戦を伝えていた。だから上手く不意を突けたのだ。
「ま、まさか……奥の手を囮に使うとはな……」
「あ?まだくたばってないのか。流石悪魔だな」
上半身だけの状態で、辛うじて言葉を繋ぐダルム。
彼は受肉しているので、肉体が死ねばそれで終わりなのだ。
「くくくっ……最後まで不意討ちとはな、我ながら無様なものだ」
自嘲気味に笑うが、その笑みに力は無い。
「ほんとにな。悪魔将が聞いて呆れるな」
「ふっ、悪びれもしないか。貴様は随分な外道だな」
その言葉に、キリルは無表情のまま
「勝った方が正義だからな。どんな勝ち方でも、正当化されるんだよ」
大義や正義を馬鹿にしたような持論で返した。
彼女にとって、それが真実。故にどうでもいいことなのだ。
「……異常なやつだ」
ダルムは、苦笑いするしかなかった。
キリル「勝てばよかろうなのだァァァァッ!!」
どっちかというと吉良。




