47話 ギルド本部と職員と
用語解説にガルムルクを追加しました。
翌朝、いつも通りエルに起こされて身支度を整える。今日はいよいよギルド本部に行くのだ。
「ついに昇格試験ですか……」
「気合い入れるのはいいけど、すぐに出来るとは限らないよ。手続きもあるだろうし」
エルが張り切ってるが、果たして上手くいくかどうか。
「ギルド本部は中央区だ。カイトがどんなもんか知らねえが、めっちゃでけえぞ。人もいっぱいだ」
レンファも連れてガルムルクを歩く。この街を見ていると、少し昔を思い出す。近代的だからなぁ、前世にも近い。
「カイトは漁業が有名だけど、ここは工業とかが栄えてるんだよね。そのさいか空気悪いけど」
自然も少ないし、動物も殆どいない。人が住むには適した環境ではないだろう。
事実、住宅地は郊外にあり、この中央区は店や工房が集中している。
「何でわざわざ健康に悪い場を造るんでしょうね、人間って」
「人間は愚かだからね。私の元の世界でもそれが大問題になってたし」
「お前ら、一応あたし達も人間だぞ」
ギルド本部は、予想通り人で溢れかえっていた。
「見ろ、人がごみのようだ」
「いきなり何言ってるんですか」
ついノリで。
「じゃあ受付に申請しようか。試験はいつもやってるのかな」
そうして行列の一つにエルを並ばせようとすると、
「その必要は無い」
後ろからの声に呼び止められた。
「?何で……」
振り替えると、鋭い目でこちらを見るギルド職員がいた。
腰まで届く緑髪を三つ編みにし、眼鏡をかけた小さい女だ……まあ知り合いだが。
「カロロか。今のはどういうことだ?」
「そのままの意味だ。来るのは分かっていたから、既に書類は用意してある」
「へえ、サービスいいじゃん」
「そのくらいはな」
カロロは無表情のまま書類を取りだし、エルに見せる。
「ここは人が多い。上に部屋をとってあるから来るといい」
「え、あ、はい……?」
準備よすぎだな、このちびっ子。
本部三階の一室で、周囲に誰もいないことを確認してカロロが頭を下げる。
「初めましてだな、エル=ドラ」
「え、何で私の名前を……?」
エルが困惑するが、無理もない。私だってまさか知られているとは思わなかった。
「悪いが少々調べさせてもらった。私はカロロ・ドラウィン。風龍の龍人族であり、ここの職員をしている」
「え、あなたも!?」
エルが驚きの声を上げる。
「あっさりしてるなぁ、カロっちは。もっと勿体ぶればいいのに」
「カロっちと言うな。時間をかける意味は無い、まずはその新顔に説明してやらないとな」
相変わらず堅物だな、カロロ。
「それで昇格試験のことだが……」
「あの、それよりも聞きたいことがあるのですが」
「?どうした」
説明を遮り、エルが疑問を口にする。
「どうしてこんなに龍人族がいるんですか?一つの街に二人もなんて」
んー、やっぱり突っ込まれるか。
「別に理由は無い。レンファがここにいるのは難しいクエストの為で、私は働いているからだ。前にキリルも誘ったんだがな。こいつはカイトに住むと断ったんだ」
「気にするなってことですか?」
「そうだ」
立て続けに龍人族が出てきたので、エルは理解が追い付いていないらしい。本来なら、出会わない方が多いからな。
「私のこと、どれぐらいご存知で?」
カロロは悩みもせず淡々と答える。
「元魔王軍で、キリルと生活していることぐらいは知っている。ここに来た訳もな」
「ほぼ全部なんですが……」
おい待て、私も気になるぞそこは。プライベート覗いてんのかこいつ。
考えが顔に出ていたのか、察した様子のカロロが何でもないように語る。
「新しい龍人族だぞ、放置するわけないだろう。それが嫌なら国外にでも行くんだな」
「いや、いいけどさあ……」
逆らったって勝てっこないし、実害も無いから問題無い……か?
「あの、キリルさん。この人妙に偉そうですけど、どういった方なんです?」
エルが小声で耳打ちしてくるが、どうもいい印象は抱かなかったようだ。
「偉そうで悪かったな。生憎他の口調を知らないんだ。理解してくれ」
「はいっ!?」
後、カロロに内緒話は通じない。
「実際私達より大物だよ。長く生きてるし」
「名が知れている訳ではないがな。所詮無駄に長く生きた老いぼれだ。寿命も大分過ぎたからな」
「えっと、おいくつですか……?」
「五百と数年だ。後百年といったところか」
「お年寄りだ……」
「ババアとも言、ぐあっ!?」
余計なことを言おうとしたら、後頭部に鈍痛が走った。
「口に気を付けろよキリル。次はもっと強くするからな」
「自分で年寄りって言ったのに……」
理不尽だ。攻撃が防げないのも、見えないのも。
亀の甲より年の功と言うが実際その通りで、カロロは圧倒的な強さを誇る。私なんか瞬殺できるぐらいな。
「とにかく書類を書いてくれ。試験の用意はすぐにできるものじゃないんだ」
「あっはい!今書きます!」
エルが慌ててるが、別にカロロは怒ってる訳ではない。単に無表情だから怖いイメージを与えるのだろう。
こんな鉄仮面になったのも、昔何かあったからなのか。長く生きると色々あるんだろうが、私にも関係あることなんだよな。
(唯一不安なことなんだよな……大丈夫か、私?)
「書けました、多分」
「よし、預かるぞ……何だキリル、難しい顔なんかして。似合わないぞ」
「うっせー、私だって感傷に浸るときだってあるんだよ」
「キリルさんが悩み……?」
何でエルまで困惑するんだよ。そんなに能天気じゃないぞ私。
「試験はいつになんの?」
「それが上手くいかなくてな。昇格試験なんて受ける奴が少な過ぎて内容が決まってないんだ。まぁ適当なクエストを何個かやらせようかと思っている」
「ぐだくだだな、本部なのに」
難易度が滅茶苦茶になりそうだな。
「後日連絡するから、今日のところは帰るといい。その馬鹿を連れてな」
カロロが指を指した先には、ソファに身を投げ出して寝ているレンファがいた。
こいつ、やけに静かだと思ったら寝てたのか。まさか最初からか?
「まったく…んじゃ帰るか、エル」
レンファの足を持ち、引きずって外まで運ぶ。丈夫だから多少雑に扱おうと問題無い。
「じゃあ、試験の時はよろしくお願いしますね、カロロさん」
「ああ。精々頑張れよ」
まったく応援する気の無い顔のカロロに見送られ、私達は本部を後にした。
「そういえばあの人、どうやって私のこと調べたんですかね。ここに来た事情とか」
「それは風龍だからね。風に乗って色んな情報を得てるんだよ」
「それって盗み聞き……?」
「街全体を網羅できるレベルだけどね」
この会話も、聞かれてるんだろうな。
レンファ「ZZZ…」
キリル「額に肉って書いてやろう」
エル(え、食べるの!?)




