番外編 私のご主人様
エル視点です。まともです、多分。
魔界において、私は魔物と同じ扱いだった。
人の姿でいられた時なんてほんの少しで、いつも龍化させられていた。
おかげで龍の時でも理性を保てるようになったが、私はそれよりも人の暮らしが欲しかった。
いっそのこと魔物のようになってしまったら楽だったのだろうが、感情がそれを邪魔した。諦めるな、という思いを捨てられなかったのだ。
命令通りに戦い、任務のときには感情を殺す。
そんな意地だけで奴隷人生を耐え忍び、ほとんどヤケクソで生きていた日々。
それはある戦いで終わりを告げることになる。
「……夢、かぁ」
久々に魔界の頃の夢を見たからか、酷く気分が悪い。
最近はまったく見なかったのだが、たまに不意討ちでやってくる。
「終わった……終わったよね?」
そう、あの日々はもう無い。
今の私は人界の冒険者。魔王軍ではないはずだ。
好きな時に食べ、寝て、気紛れに戦う。
一見駄目人間のようだが、それでいいと言ってくれた人がいる。
「……また尻尾出てる」
その人は、横で涎を出して寝ている。ついでに尻尾も。
(キリルさん、まだ龍化に慣れてないのかな)
無意識に龍化するということは、体が曖昧な状態だということ。
私はもうほとんどないが、キリルさんは基本人だからなぁ。時間かかるんだろう。
「キリルさーん。起きましょうよ。もう朝ですよー」
「うーん、あと五分ん……」
いつもあと五分って言うけど、この人は目覚めが悪過ぎるから早目に起こした方がいいのだ。
一度呼び掛けたら後は勝手に起きてくれるから、放置してご飯を用意する。
奥から肉を取りだし、軽く火で焼く。
朝から肉なんて重いかもしれないが、私達は胃が強いので平気だ。最悪生でもいける。
匂いにつられて、キリルさんが身を起こす。まだ眠そうだが、一応話は通じる程度には起きている。
「はい、お肉ですよー」
焼いた肉を口に近づけると開くので、少し強引に中にねじ込む。
キリルさんはぼーっとしたまま頬張った肉を咀嚼し、飲み込んだところでようやく目を覚ました。
「おはよー……もう一個頂戴」
「はーい」
自分の分も合わせて追加で焼く。なお台所なんて無いので、手に持って火の初期魔法で焼いている。
台所どころか、家に必要なものはほとんど無い。物置と同じだ。
そんな取り敢えず雨風は凌ぎました、といったような小屋こそが今の私の住み処だ。木の上にあるが、強めに揺らせば落ちてしまうかもしれない。
「モンスターの巣の方がましなような……」
「ん?なんか言った?」
おっと、声に出てた。
「いえ、何も」
「そう?あ、今日どうする?またクエスト?」
特に気にせず、キリルさんが聞いてくる。
「クエストですかね。ランクも上がりましたし、討伐に行きたいです」
先日、私はDからCランクになった。
最初の方はキリルさんに手伝ってもらったとはいえ、結構早いらしい。
これで討伐クエストも受けれるようになったので、早くやりたいのだ。正直採取よりも性に合っている。
「じゃあそれにしようか。言っとくけど一人だからね?」
「えぇ……そんなぁ」
まだ心細いんだけどなぁ。
「……ま、簡単ではあるのだけど……」
ゴブリンを葬りながら、一人呟く。
クエストの内容は、小規模のゴブリンの群れの討伐。
本来はパーティーでやるそうなのだが、私には必要無い。自分の強さぐらいは把握している。
「能力だけならキリルさんにも負けてないはずなんだけど……精神面の問題だよね、きっと」
あの時負けたのは、私に覚悟が足りなかったからだろう。
感情を殺したところで、本気で殺しにかかってくる相手とは差が出てしまう。無感情では全力なんて出せない。
私は臆病者なのだ。自分の意思で殺しをしろなんて言われても、絶対に躊躇ってしまう。
でもあの人は、構わず攻撃してきた。普段人の中で暮らしてる思えないほど過激に。
後になって聞いたら、龍化の時は記憶があやふやになるぐらい気分が高揚するらしい。
……改めて、殺されなくて良かった……。龍人族であることに初めて感謝したよ……。
「この調子なら、Aランクなんて楽勝だよね。あー、目立ったら魔王軍に見つかりやすくなっちゃうかな?」
あんなところに戻るつもりは無い。もし追っ手が来ても躊躇せず始末する自信はある。
それに、キリルさんもいるし。
「……むふふ」
そう、キリルさんだ。私の為に魔王軍まで敵に回してやるって言ってくれた、最高の恩人。
あの人が白と言ったら私も白。黒と言ったら私も黒って言っちゃうくらい大好きだ。
「早く一緒のランクになりたいなー。そしたら堂々とパーティー組めるのに」
不満を漏らしながら、残りのゴブリンを魔法で狩る。
あ、こら逃げるな。大人しく私の糧になってよ。
「いやー、エルも大分冒険者になってきたね」
「そうですよね!?自分でもそう思います!」
クエストを終えて、森でキリルさんと晩御飯を食べる。当然メニューは肉だ。あと野菜が少々。
「結局後衛になったけど、エルのスペックならどれでもいけるよねぇ」
「あー……だって怖いんですもの、前衛って。ミーアさんも、一番ダメージ受けるって言ってましたし」
Cランクになった私は、職業をウィザードに変更した。
どの魔法職になるにしろ、これが基本らしい。下級職だし、あんまり拘る必要は無いだろう。
「ま、私達は最初から強いしね。好きな職選べばいいよ」
「ですよねー!あ、おかわりどうぞ!」
キリルさんといると、何も無くても楽しくなってくる。
こんな私は、単純なのか馬鹿なのか。
「zzz……」
「……寝つきいいなぁ」
キリルさんは寝に入ったらすぐ寝る。本人は世界には一秒も掛からず寝る猛者がいると言うが、それとキリルさんが早く寝るのは関係無いと思う。
「また、夢見るかなぁ……」
だったら寝たくないな……。トラウマだし。
まぁ、最近は違う夢をよく見るけどね。キリルさんと戦った時のを。
人生の転機だったからか、ほとんど毎日見るんだよなぁ。痛みや苦しさもリアルに感じるし。
「……見れるかな、もう癖になっちゃったんだよね、あの苦しさが」
キリルさんから与えられたものだと気づいてから、もう快感になっている。
今ではあの夢はすっかりご褒美になり、起きてからも興奮を抑えるのに必死だ。
「出来れば、もう一回現実で味わいたいなぁ……」
頼めばやってくれそうだが、あの時のように本気にはなってくれないだろう。ちょっと残念。
「でも、手加減してくれるってことは、そんな関係ってことだよね」
隣の愛しい人は、私の気持ちも知らずに眠りこけている。無防備だが、私が好きなキリルさんはこれじゃない。もっと好戦的な顔をしたときだ。
「私だけを見てくれては……くれないよね」
いじらしいが、それがキリルさんだ。どこまでも自由で、自分に正直。
私も、少しは近づけるかな?
エル「恋愛感情ではないから百合ではない」
キリル「ダウト」




