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103話 死中に見出だす

 マリシスは今でこそ魔王と呼ばれているが、これは生まれついてのものではない。

 更に実年齢はまだ20歳であり、魔王になって10年も経っていない。

 特別な生まれでもなく、本人も運命に導かれたと思っている程無茶苦茶な理由で魔王になった。


 マリシスの生まれ故郷は魔界のスラムだ。

 王都近辺だが、魔界は前回の戦争で負けただけあって貧しかった。

 領土の一部を人界に奪われ食糧も満足に無い。

 それこそかなりの権力を持つ貴族しか贅沢できなかった。


 マリシスは孤児で、幼いころ親に捨てられた。

 スラムでは他の人間と競い、奪い合い、勝利して何とか生き残っていた。

 意地汚くてもいい、理由なんかなくていい。

 とにかく、生きないことは恥だと信じていた。スラムに来た当初に死にかけた時、死への恐怖からそう思った。

 生きたくても死んでしまう者は多い。ならば生ある者は命に感謝しなければならない。

 その信念の下に生きていたある日、マリシスにとって人生の転機が訪れる。魔王の力に覚醒したのだ。


 力の正体は分からなかったがマリシスはそれを行使した。その方が生き残れるからだ。

 よくも知らないその力で楽に生きていたが、やがて魔王軍の使者がやって来た。

 曰く、あなた様は次の魔王だと。魔界を統べて勇者を殺し、人界をも支配する人だと。

 マリシスは少し迷ったが魔王になることにした。

 当然である、了承すれば絶対の権力を得られるのだから。

 一兵よりも組織のトップの方が長生きできる。前線に立たなくてもいい。

 保身の為、マリシスは魔王の道を選んだ。


 だが現実は甘くなかった。力に溺れていた彼はそれを忘れてしまっていた。

 確かに絶大な力だ。他の魔王軍の連中など歯牙にもかけない。

 しかし所詮武力だ。万能ではない。

 政治も知らず、学の無い自分は戦争以外に使い道がない。力だけの存在など組織のトップに据える必要があるのだろうか?


 だからマリシスは戦争を終わらせたくなかった。

 自分の居場所はそこにしかないから、夢から覚めない為に戦争を続けた。

 戦いこそが現実だ。自分の力を否定されてたまるか。

 おかげで魔界内で不和が広がったが、そんなことどうでもよかった。

 1秒でも長く生きること。他の奴なんてその為の贄だ。

 だが問題はそれだけではなかった。

 この世界の異物、転生者の存在だ。


 歴代の魔王が残した資料で、マリシスは転生者を知った。そして戦慄した。

 自分を殺せる存在、運命を否定する恐るべき存在。

 早急に手を打った。魔界の転生者と思われる者を魔王軍に集めたのだ。

 その時は全員殺そうと考えていたが、ギリギリで思い止まった。

 流石にこの行為は反感を買いすぎる。いよいよ魔王が乱心したかと、全て失う恐れがある。


 そこでもう一度資料を読み込むと、ある武器についての記述があった。

 資料の暗号を読みといて見つけた隠し部屋には、その武器……反神の剣が未完成とはいえ保管されていた。

 マリシスは歴代魔王に感謝し、反神の剣を完成させることにした。

 その過程で何人もの転生者の魂を犠牲にしたが、安いものだ。最初に殺そうとした時に比べれば些細な数なのだから。


 そうした反神の剣は完成し、転生者への対抗策は出来た。

 後は戦争を続けるだけ。

 和平をしようとする奴等を潰したり、歯向かった転生者を殺したりといったことがあったが、概ね順調。

 まだ生きられる……そう思っていた時だ。

 キリルが、ラトニアを魔界に運び始めたのは。


 ────


 横たわったキリルに、エルとラトニアが駆け寄る。

「キリルさん、嘘ですよね!?こんな傷であなたが死ぬ訳……!」

 エルが揺さぶるが、キリルは目を閉じたまま返事をしない。

 それでも声をかけずにはいられない。掴んでいる体から熱が感じられないと気づいていても。


「キリルさん、キリルさん!寝ないで下さいよ、私はまだ……」

「……エルさん」

 ラトニアが首を振るが、エルは黙らない。

 一番死にそうになかった人物が死んだのだ、認めないのも無理もない。


「エルさん、とにかく逃げましょう!このままじゃ全滅ですよ!」

「離してよラトニア!キリルさんを置いてけない!」

 死人を抱えたエルを、マリシスは冷めた目で見る。

 動かない人などゴミと同然なのに、大事にする意味が分からない。

(さっさと始末をつけるか。黒い女は殺してもいいだろう)

 転生者相手ではないので反神の剣を仕舞い、二人に近付く。

「見苦しいな。そいつは死んだのだ、諦めて逃げるなりなんなりしたらどうだ」

 この女に立ち向かうような度胸は無い、というマリシスの考えは当たっていた。

 実際エルはその場を動かない。

 但し、キリルを庇うようにしてマリシスを睨んでいた。


「……反抗的な目だな。お前の力では我は倒せんぞ」

 逃がすつもりはないが、マリシスは悠長に喋る。

 転生者を排除できて少し安堵しているからだ。

 さっきは感情剥き出しで行動してしまい痛い目を見たが、今は冷静なものだ。

「抵抗しないなら楽に殺してやる。まずは死体を渡せ、粉微塵にして完全に消してやる」

 そう促すが、エルは応じず一歩下がった。

「……? どうした。そんな怯えた目をしている癖に、何故拒む」

 今にも泣きそうな顔だが、エルは歯をくいしばって耐えた。

「わ、私にだって……譲れないものがあります」

 震えながらも、エルははっきりと言った。


「何が起きても、私はあなたには従いません!」

 まだ闘志が残っていると。


「……そうか。ならば力づくだぞ」

 風の槍がエルと後ろのキリルを串刺しにしようとするが、エルの翼で阻まれる。

 翼から血が漏れ出すも、エルは声を出さず堪える。

「……」

 エルは闇で背後を覆い、キリルとラトニアをマリシスから隠した。

 濃度の濃い闇で、マリシスの魔眼でも二人が見えなくなる。

「自分から死にたいというのなら、望み通りにしてやろう!」

 それに苛立ちを覚えたマリシスはエルに魔法を集中させた。


「ガアアアア!!!」

 それに対しエルは龍化する。

 無論被弾面積は増えるが、避けるより耐えることを優先させた。

「時間など稼いで、無駄なことを!」

 魔法が文字通り雨霰も降り注ぎ、エルの体を傷付けていく。

 エルは翼で身を包みひたすら防御に徹する。

 鱗が剥がれ尾は千切れ、ぼろぼろになっていくエル。

 やがて片翼がもげた所で、体力が残り少なくなり人の体に戻った。


「あっ、はぁっ……!」

 マリシスは膝をついたエルの胸ぐらを掴み、乱暴に持ち上げた。

 魔法を乱射したので若干息が荒くなっているが、満身創痍のエルには振りほどけない。


「あの転生者といい、何なんだ……!どいつもこいつも我の障害になるとは、ふざけるのも大概にしろ!」

 力を込めたのでエルが苦しそうに唸るが、マリシスは八つ当たりとばかりにエルに当たる。

「何が譲れないだ!こうして我が勝ったのだ、そんなもの捨ててしまえ!」

 その怒声に、エルは口を開いた。


「死んでも譲れないんです……。生きる意味が無くなるんです、全部私の為なんです……」

 うわ言のように紡がれたその言葉は、理解できる範疇ではなかった。

「……どういうことだ……」

 だからマリシスは聞いた。エルの意志を。


「そう、全部……エゴだけど、仕方ないですよね。たとえその人に恨まれても、私がそうしたいから……」

 エルの発言に、分からないなりに何か不穏を感じ取ったマリシスは声を張り上げた。

「だから、それがどういうことだと……! 言っているんだ!」

 力が更に入れられ、血を吐くエル。

 このまま絞め殺そうと言わんばかりに力むマリシスに、


「っ、!?」

 一線。


 一本の短刀が、エルを掴んでいるマリシスの腕に突き刺さった。


「これは、まさか……っ!?」

 エルを離したマリシスはいつの間にか晴れた闇の方を見る。

 そこには、


 自分が殺したはずの、キリルが二本足で立っていた。




 ■□■□■




 気が付くと、何だか視界が黒く滲んでいた。

 何だろう、空が見えているのに、その空が白黒だ。

 つーか全てに色が無い。私、病気か?

 いやいや、魔王と戦ってたはずじゃん。そして剣で胸を突かれ……。

 あれ、不味くね?多分あれ転生者の力を消す剣だよね。


(……!……!)

 ん?なんか声っぽいのが聞こえる。

 下を見ると、私を抱えたエルがいた。ラトニアは何だか首を振っている。

 これはまさか、私死んだ?となると今は魂の状態?

 そう思うと、何か覚えのある感覚だと気付いた。

 これは、最初にサリア様に会った時の感覚だ。


 昔の話なのに、覚えてるもんだなぁ。

 この手足の無い感じ、変な浮遊感……


 て、呑気にしてる場合じゃないだろ!早く戻って魔王殺さないと!

 自分の肉体に戻ろうとするが、全く距離が近くならない。

 畜生、そう簡単な話じゃないか。どうすりゃ生き返れるんだ。

 何か死神とかいないのか?交渉したいんだけど。

 その辺をうろうろするも、一向に変化はない。

 やばい、このままじゃ二人が……。


 途方に暮れていると、急に辺りが闇一色になった。


 何だ何だ、お迎えの時間か!?来るなら来い、追い返してやる!

 身構えるも、何かが現れる気配は無い。

 思い過ごし……?でもこの景色は何だ?


『お前は何故生きていた?』


 うおっ!?急に声が!

 複数の声が混ざったような、気持ち悪い声だ。


『お前は何故生きていた?』

 質問?とにかく嫌な予感しかしないけど。

『お前は何故生きていた?』

 答えた所で、絶対ろくなことにはならなそうな。

『お前は何故』

 分かった分かった、答えりゃいいんだな?


 何故生きていた? って……アバウトな質問だ。

 質問自体が漠然としたイメージで引っ掛けかと思うが、答えるだけなら簡単だな。

 それは生きたいからだ。私に生があるんだから生きるに決まってる。

 他が理由の奴は、それが無くなったら死ぬのか?ずっとある保証も無いのに?


 死にたくて生きてる奴なんていない。これが答えだ。

 ほれ答えたぞ、さっさと進行してよ。こちとら時間が無いんだ。


 催促すると、闇が一層濃くなり私を包んだ。

 更に全身を鷲掴みにされているような苦しさが私の精神を襲う。

 何だ、これ……。不快で、おかしくなりそうな気分だ。

 だが、何かある。この先に、死ではない何かが待ち構えている気がする。

 少しでも可能性があるなら、そこに行くしかない!


 この闇の正体は知らねえが、早く私をそこに連れてけ!

 直感で分かる、二人が危ない!


 がむしゃらにもがき、苦しさが無くなると私の視界は開けた。

 色も付いてる、体も動く。

(生き返っ……)

 そう思う前に、マリシスに絞められているエルが見えた。

 衝動のまま短刀を投げると、見事腕に命中し奴はエルを離した。


「これは、まさか……っ!?」

 驚愕の表情で私を見るマリシス。

 そんなことどうでもよく、エルに駆け寄る。


「エル、平気かっ!?」

「キ、キリルさん……良かった……」

 ぼろぼろだが、死ぬような傷じゃないな。

「後は任せろ。必ずあいつを殺してやる」

 落ちた短刀を拾い、殺意と共にマリシスに向ける。

 マリシスは忌々しそうに、しかし驚いた口調で言った。


「お前っ、アンデッドになったのか……!しかも、完全な自意識を持って……!」

 アンデッド? じゃあ私、死体のままなのか?

 いや、どうでもいいか。

 今私は動いてる、生を肌で感じてる。

 つまり生きてる。肉体の状態なんざ関係無い。


「今度こそ、殺すぞ。魔王」

 生存競争を、続けるぞ。


キリルに話し掛けてきた声は、ゾンビ化にあたって付与された能力によるものです。詳しい説明は後ほど。

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