不安
ーーギルド ジョコーゾにて
ギルド《ジョコーゾ》の頭であるウン・ポーコはギルド内に作った自室でキセルをふかしていた。
部屋は狭いので、すぐ煙に満たされる。
ギルドメンバーからは早死にするぞ、と何度も注意されているが、好きな事をやって死ぬなら別に良いの考えを持つポーコはその注意を聞かなかった。
ポーコはキセルを置き、立ち上がった。
「まさか、また古器を見るとはね」
ポーコは何かを思い出した様にため息を吐いた。
その顔は喜びと悲しみ、半々といった所だ。
ポーコは棚の中で埃を被っている、黒く大きな本に手を伸ばした。
その本はギルド《ジョコーゾ》の歴史が刻まれている物だ。
ポーコは黒い栞が挟んでいるページを開いた。
そのページには黒く大きなピアノとその横で男が笑っている絵が描かれている。
「懐かしいね……」
絵の男に触れながら、ポーコはそう言った。
「あんたと同じピアニスタが現れたよ。それもあの洞窟で……これも運命かねぇ」
ポーコはまた深くため息を吐いた。
だがそれには哀しみといった物はなく、母の様な温かさを持っている。
ポーコは本を棚に戻す、その時部屋にドアをノックする音が響いた。
「入りな」
「入るぞ。ポーコ」
部屋に入って来たのは赤い甲冑を脱ぎ、麻の服に着替えたレンジだった。
部屋に入ったレンジは大きく咳をした。
「なんだい?仕事の受注かい」
「いやっ……そうじゃないんだが、ゴホッ!」
部屋の煙によりレンジはむせてしまった。
「やれやれ、最近の若い者はこれぐらいでむせるのかい」
そう言ってポーコは窓を開けた。
「で?何なんだいレンジ」
レンジは喉を抑えながらポーコを見る。
「ポーコ、あの古器を弾く坊主の事だが」
ポーコはやっぱりか、と思った。
「あの子の事かい。お前もあの子をジョコーゾに入れる事に賛成ってとこだろう。でも駄目だよ。試練をクリアしないと私は認めないからね」
レンジは「そんな!」とポーコに詰め寄る。ポーコは「鬱陶しい!」と言ってレンジの額にデコピンをかました。
「全くどいつもこいつも。そんなにあの子が心配なのかい?」
額を抑えながらレンジはポーコを睨んだ。
「当たり前だ!クレッシェン塔には今アイツが巣を作っている!そんな場所に記憶喪失の坊主を行かせるなんて……どう考えてもおかしいだら!」
レンジの大声が響く。
窓が開いてる所為でその声は外の人間にも聞こえたらしい。
噂好きの主婦や、暇人達がジョコーゾの門の前に集まり聞き耳を立て始めた。
その様子を見て、ポーコはため息を吐いた。
「あのねえレンジ。私が右も左も分からない人間をあんな危険な場所に送ると思うかい?そんな人間になったつもりはないよ」
「えっ?」
「魔導師のゲンシチがあの子についている。危険があれば魔法で補助する様に言ってあるから大丈夫さ、だから落ち着きな」
ポーコはレンジの肩を優しく叩く。だがレンジは顔を強張らせた。
「待ってくれポーコ。ゲンシチの兄貴ならさっき酒場に居たが……」
「はあ?嘘を言うんじゃないよ。ゲンシチならあの子を送った時に一緒に」
ポーコはそこで言葉を切った。
何故なら魔導師のゲンシチが部屋に入ってきたからだ。
「ウィー。やっぱり酒は美味いなぁ。ポーコォ……一杯やらね、ゴホォ!」
ポーコの踵がゲンシチの腹にめり込み、ゲンシチは吹っ飛んだ。
壁に頭を打つけゲンシチは悶絶する。
ポーコはそのゲンシチの襟首を掴み、罵声を浴びせた。
「何であんたが此処にいるんだい⁉︎あんたにはあの子に追いていく様に言っただろう⁉︎」
「なっ何なんだよいきなり……俺はずっと酒場に居たから知らないぞ!」
「なっ⁉︎」
ポーコはゲンシチの顔を殴り、舌打ちをした。
ゲンシチは急いでその場から逃げた。
ゲンシチとポーコは長い付き合いである。
ポーコは今のゲンシチの様子を見て嘘は言っていないと判断した。
ポーコの頰に汗が流れる。久しぶりに焦りというのを感じていた。
「どういう事だい」
焦りを感じていると感覚が冴える事がある。ポーコは今まさにそれで、全てに対して敏感になっていた。
そしてポーコは気づいた。自分を見つめる僅かな視線に。
それは針の穴に糸を通す様な小さな視線だ。
「あぁそう言う事か……まんまとやられたよ」
ポーコは急いで自分の机の引き出しを開け、中にある仕事受注の契約書等を辺りに散らかした。
「これだね」
ポーコはある契約書を手に取った。
レンジはそれを不思議そうに見つめる。
「それは?」
「あんたがさっき討伐したドラゴンの依頼書だよ」
ポーコは依頼書を机の上に置いた。
「この仕事を取るのは苦労したんだ、他にも色々なギルドが取りたがっていたからねぇ。特に魔術ギルドの奴らがしつこかった。なあレンジ、あんたがあの子とドラゴンを討伐した時に何か気配を感じなかったかい?」
うーん、とレンジは腕組みをしながら考える。
「戦いに集中してからな。あーでもドラゴンを討伐し終えて洞窟を出ると変なマスクをした人が立っていたな。話しかけようとしたら急に消えた。今思えばかなり不気味な奴だったな……」
「それは魔術ギルドのメンバーだね。大方ドラゴンの死骸でも漁りに来たんだろう。だが奴らはそれ以上の大物を見つけたんだ」
「まさか……」
不穏な空気が漂う。ポーコはため息を吐いた。
「あの子だね。魔術ギルドは最近古器の研究をしているし、あの子を狙っているだろう。私がゲンシチと思って話しかけた奴は多分魔術ギルドのメンバーだ。年はとりたくないねぇ」
そう言ってポーコは目の前に飛ぶ虫を叩き落とす。
虫は空中でガラスの様に粉々になって散った。
ポーコは僅かな視線が無くなったのを感じた。
「絡繰虫だね。これで監視してた訳か。年寄りの生活を覗くなんて悪趣味極まりないね、さて」
ポーコは椅子にかけたコートを肩に羽織る。
「私の責任だ。ちょっと行ってくるよ」
散在する依頼書を踏み進み、ポーコは部屋の扉を蹴飛ばす。
すると扉の向こうから「びゃ⁉︎」と言う悲鳴が聞こえた。
「もうちょっとゆっくり開けてや。鼻にぶつかったわぁ」
鼻を抑えながらピムが現れた。
「ピムかい?何してるんだ」
「ああ偶然通りかかってなぁ。話を盗み聞きしとったんや」
盗み聞きした事を、胸を張って堂々と言うピム。ポーコは肩の力が抜けた気がした。
「あたしも連れて行ってやー。あの子はレンジの恩人やからな。助けなー」
「そっそうだ!坊主は俺の恩人だ。助けなければ!頼むポーコ、連れて行ってくれ!」
レンジは頭を下げた。
ポーコはそれを見て「やれやれ」と言った。
「分かったよ、10数え終わるまでに支度しな」
レンジとピムは大急ぎでその場から離れ、自分の荷物を取りに行った。
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