un poco ウンポーコ
馬車の荷台に乗り一時間ほど経った頃、ガタガタと大きく揺れだした。
荷台から顔をだし周りを見渡す。赤いゴツゴツとした石畳の両脇に木造の家が立ち並んでいるのが見える。その道の端では子供達がはしゃいで遊んでいた。
「町に着いたんよ」
後ろにいるピムがそう言った。
「ここはニッシモ、港町や。磯の香りがするやろ」
そう言われると微かに海の香りがする。それに風が少しベタベタする、気持ち悪い。
俺が嫌な顔をしているとピムは「慣れやでー」と言った。
「おい、着いたぞ!」
御者をしていたレンジの声が聞こえ、馬車は止まった。
ピムに手をひかれ荷台から降りる。目の前には赤と黒のチェックの色をした建物が建っていた。
「ここは?」
「ここが俺たちの組織ジョコーゾだ。かっこいいだろ」
レンジがこちらに来てそう言った。かっこいいというより少し不気味だ。まず周りの雰囲気に合っていない。そして何より不気味なのは建物を囲むようにして置いてある悪魔みたいな像だ。
「かっこいいだろ。あの悪魔の像は……」
レンジがウンタラカンタラと語り始めた。
ピムが俺の脇腹をつつき、前へ顎をしゃくる。どうやらほっといて良いらしい。
俺とピムはウンタラカンタラと語るレンジを無視して建物に入った。
「ほへー」
思わず間抜けな声が出てしまう。壁がひび割れていたり、床が抜けていたのを想像していたが、全く違った。
床は赤い絨毯が敷き詰められている。壁は艶やかな光を放つ黒でとても色っぽい。
奥はバーみたいになっていて、そこで数人酒を飲んでいた。
「こっちやでー」
ピムに手を引っ張られ左にある階段を登った。
二階は演劇場だった。
舞台で女の人が歌っている。なんて綺麗なソプラノの声だろう。人間じゃないみたいだ。
うっとりとしていると、ピムが「おーい」と手を振った。
女の人が歌をやめ、こちらを向いた。何故か睨んでいる気がする。
「何だいピム。今は練習の最中だよ。」
「新メンバーを連れてきたんよ、ウンコちゃん。」
「その名前で呼ぶなって何回言えば分かるんだい!あたしの名前はウン・ポーコ!ポーコって呼べって言ってるだろ。」
そう言うと女の人は舞台から降りて、こちらにやって来る。
遠くで見ていたから分からなかったが、女性はかなり大きい。こちらに近づいてくるたびにどんどんと大きくなっている。
俺の身長はそこそこ高いほうだ、だが女の人は俺の頭一つ分は高い。
女の人が目の前にやって来て、横にいるピムにデコピンした。
「あぅ、何するんや」
「あたしの名前をちゃんと呼ばなかった罰さ。今回はこれくらいにしてやる。それで?こいつが新しいメンバーかい」
金色の瞳がこちらを睨む。自然と背筋が伸びた。蛇に睨まれた蛙ってこんな感じなのだろうか。
「あっあの俺は……」
「そんなに怖がるんじゃないよ。あたしがバケモンみたいじゃないか。」
「バケモンやん」とピムが小声で言って、またデコピンを喰らった。
「ピムはあとで殺す。それであんたの名前は?」
「えっ名前は無いです。記憶喪失で……」
「なあにぃ記憶喪失だって、どういう事だい?」
俺は今まであった事を説明した。女の人は終始怪訝そうな顔をしていた。
「なるほどね。だけど怪しい、記憶喪失なんて普通なるもんかね、すまんが私は信じられない。ジョコーゾに入るのは認めないよ」
説明を終えると女の人はツンとそう言った。やっぱり駄目か……
「えーそんな事言わんでウンコちゃん。お願いや、お願いー。記憶喪失なんて誰でもあるやん。ウンコちゃんだって良く忘れ物するやん」
「私は年寄りで痴呆だから別に良いんだよ。鬱陶しいね引っ付くんじゃないよまったく……」
そして女の人はうーんと何かを考えだし「そうだね」と言ってため息をついた。
「ここから西へ進むとクレッシェン塔という塔がある。そこの頂上にあるナポリの花をとってきな。そしたら記憶喪失の事も信じるし面倒を見てやるよ」
女の人はそう言うとまた睨む。さっきよりも気迫のこもった瞳。俺を試しているみたいだ。
「わっ分かりました、そのナポリの花をとって来ます!」
震えながらそう答える。
「そうかい」女の人はそう言ってニィと笑った。
「なら今からいってきな!」
バチンと何かが弾けた音が聞こえたかと思うと目の前の景色が急に空に変わった。
フワフワした感覚がする。それにヒューと空気を裂くような音が聞こるし。もしかして……
「落ちてるー⁉︎」
俺はスカイダイビングをしていた。
やばいよやばいよ。何で空にいるんだよ。これもう分かんねえな。ああ地面が近づいてくる。もう無理だ逃げるんだ。って逃げれないんだった!
平泳ぎの様にバタバタと体を動かす。うん、こんな事しても無駄だね。
地面の砂粒が見える、ああもう駄目だと思ったその時急に止まった。
「シンデ、モラッテハ、コマリマス」
耳元でそう聞こえ、閉じた目を開けるとあの白と黒の鍵盤が俺の周りをフワフワと漂っていた。
「鍵盤が何で……」
「アナタガ、ワタシノ、マスターダカラデス」
その後俺は赤くひび割れた地面に降りた。鍵盤に話しかけてみたが、鍵盤達は何も答えずフワフワと浮くだけだった。
はあ、とため息をつき辺りを見回す。何だろう、遠くに黒い線の様なものが見える。
「もしかしてあれがクレッシェン塔?」
確証はない、だけどここで呆けるよりはマシだ。
「行きますか……」
重い足を引きずりながら、太陽がギラギラと照りつける荒野を歩き始めた。
読んで(^o^)
いただき(°_°)
ありがとうございます。
un poco はイタリア語で少しという意味です。
ピアノの楽譜で速度とか変わる時によく見ますね〜