ジョコーゾ
「まさかピアニスタとはな……」
「それよりこの子、意外とカワイイ顔しとるやん」
誰かが会話しているのに気づき、俺は目を覚ました。
目を開けると周りは布の様なものに囲まれているのが見えた。パカパカと響く馬の蹄の様な音。床は木で少し堅い。それにガタガタと体が揺れている。馬車の荷台で寝ているのだろうか。
寝ながらチラッと右横を見ると巨大な瞳がこちらを睨んでいた。
「うわあぁあ!」
驚いて飛び起きる。
「おー起きたん?」
後ろから間の抜けた声がした。見ると赤いおさげ髪の小さな女の子が笑いながら座っている。その横には巨大な二つの眼球が置いてある。俺はどうやらこれで起きたらしい。
「おーい。ピアニスタが起きたで。止まってやー」
女の子がそう言うと、ガチャガチャと音が聞こえ揺れが止まった。
ざっざっと土を蹴る音が聞こえ、荷台の扉が開く。
開けたのはあの赤い甲冑を纏った男だった。
「おう坊主!元気か!怪我はないか?」
男はドカドカと荷台に上がり俺を抱きしめた。赤い甲冑は鉄で出来ているのかチクチクと当たって痛い。
「おーいレンジ。痛がっとるで、やめたれやー」
悪い悪いと言い離れる男。助かった……
その後赤い甲冑の男とおさげ髪の女の子は自己紹介をしてくれた。
赤い甲冑の男はレンジ。赤いおさげ髪の女の子はピム。
レンジとピムはジョコーゾという組織のメンバーらしい。
ジョコーゾの仕事は様々でボディーガード、モンスター討伐等、色々な依頼を受け解決する組織らしい。
ドラゴン討伐で鍾乳洞に来ていたレンジとふらふらと彷徨っていた俺がばったり会ったという訳だ。
「それにしても助かったぞ。坊主がいなかったら俺は死んでいたかもしれん。」
レンジはガハハと大きく笑う。それを見て赤いおさげ髪のピムが呆れた様にため息をついた。
「まったくやで、一人で勝手に飛び出してドラゴンに挑むなんて馬鹿やなー」
ピムはそう言うとこちらを見て笑った。
「本当にありがとな、レンジを助けてくれてありがとう。」
ピムはそう言って頭を下げた。
「いや別に。俺はただ弾いただけだし……」
「それやで、古器を弾けるなんて凄いなー。はいこれ」
ピムはそう言うと何かが入った布袋をこちらに差し出した。
布袋の中は黒と白の鍵盤がゴチャゴチャと混ざっていた。もしかしてこれはさっきの鍵盤達なのか?
「古器が弾けるって事はただ者やないね。どっかのお偉いさん?」
クラヴィって何なんだ、と聞く前にピムが身体を前に出して聞いてきた。
「いやクラヴィ?とか分からないし。俺は記憶喪失なんだ」
俺の言った事を冗談と思ったのか、レンジとピムは笑った。
だが俺が何も言わないでいると二人は「本当に?」と言った。
俺が首を縦に振ると、二人はコソコソと喋りだし、そして「それだ!」と言ってこちらを見た。
「なあ、あんた記憶がないんやろ。ならジョコーゾに入らへん?」
突然そう言われ呆気にとられた。どういう事だろう。
「あんたが記憶喪失なら記憶が戻るまでにジョコーゾのメンバーにならんかっていう話や。ジョコーゾはええでー。酒場はあるし。飯はごく稀に美味いし。どや、この世界の事も教えるでー」
「そうだ坊主、色々と面倒を見てやるぞ!」
ピムとレンジがこちらに擦り寄ってきた。目が怖い。野獣の眼光。
「うっ……良いのか?」
俺はポロッとそう言ってしまった。言うつもりは無かった。だが言って良かったかもしれない。俺は何も知らないのだ。記憶がないまま一人でいるのは危険すぎる。
ピムが目を輝かせ俺の手を握った。
「ええに決まっとるわ。最近メンバーが辞めたばかりで困っとるんよ。あんたみたいな強い人が入ってくれるなら心強いわ。なあレンジ?」
ピムがレンジを横目でチラッと見る。
レンジはあご髭をいじりながら、うんうんと頷いた。
「ああ、坊主は強い。それにドラゴンを目の前にして古器を弾くなど並の精神力ではない。俺は歓迎するぞ!」
レンジが手を出し握手を求める。
もう答えは決まっている。
「……ありがとう。」
俺はレンジの手を握った。
不思議と不安はない。
これから何が起きるのか分からないが、何とかなる、そんな気がした。
読んでいただきありがとうございます。
ジョコーゾというのはイタリア語でおどけて、という意味です。よくピアノの楽譜に書いてあります。