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異世界ピアニスタ  作者: ふらふら
3/10

オーパス25-10

「……!」


 肩、肘、手首、指がまるで一つの生き物の様に動き、空中に並んだ鍵盤を押して旋律を奏でる。体が覚えているというのはこういう事なのだろう。俺は今それを体感している。

 弾いている曲の名前は確か……そうだ。

 ショパンの練習曲(エチュード)op(オーパス)25-10だ。

 この曲はバッサリ言うと前半と後半、中間、と二つに分かれている。前半は激しく、中間は優しく、後半はまた激しくといったところか。

 右手と左手から流れる激しいオクターブの旋律。個人的な感想だが、このうねうねと流れる重苦しい旋律は地響きを思わせる。


「ゴォォォォォォォォォ!」


 いかんいかん、そんな事を考えている場合じゃない。化け物が咆哮を上げている、そしてズシンズシンと大きな音が聞こえた。来るのかよ……

 巨大な岩があるせいで周りが見えないが化け物は確実に近づいてきている。この状況は非常にまずい。

 そんな時、あの赤い甲冑を纏った男の声が聞こえた。


「坊主! お前はその曲を最後まで弾き続けろ!ドラゴンは俺が何とかして食い止める!」


鈍い金属音が二、三度響き、そして男の叫び声が聞こえた。

男のおかげで焦りが消えた。手の震えも僅かになった。これならいける。

 

 op25-10は中間部に入ると世界が変わる。

 前半は激しく、荒波のうねりの様だが、中間部は少女がお花畑で捕まえてごらんと言っているような優しい世界になるのだ。

 故に手の震えが致命的なミスにつながる。 技術的な難しさは高くないが、表現的な難しさはショパンのエチュードの中でもトップクラスだと思っている。


「……!」


 中間部に入った。

 優しい世界、まるでお花畑にいる様だ。そしてズシンズシンと重い音が聞こえた。

 まずい、このままでは本当にお花畑にいってしまう。

 心はもの凄く焦っている、だが不思議と弾くのは止められ無い。


「うぉぉぉ!クソがァ!」


 甲高い鉄の音が鳴り響く。どうやら男が剣をドラゴンに当てたみたいだ。

 剣の音と化け物の叫びが交互に鳴り響く。


「坊主!まだか!」


 あともう少しなんだ。待ってくれ。

 中間部はあと少しで終わりだ。

 中間部は終りが近づくにつれ不穏になってくる。まるで青い空に不気味な黒雲が広がっていく様に。

 指を広げる。もう少しだ。そして


「……!」


 そして後半に入った。

 それは前半と似ているメロディーだが、悲壮さやスケールが全く違う。


「坊主!いい音だ!お前の感情をぶつけろ!」


 男の声が聞こえる、少し興奮している様だった。

 自然と笑みがこぼれる。ああ、ぶつけるよ。こんな訳の分からない状況だけど、何故か俺は楽しんでいる。

 上がる。気持ちが上がる。上がっていく。比例して感覚が鋭くなる指。興奮。頭の中はもう滅茶苦茶だ。

 そして上がりきった感情を爆発させるかの様に最高音を打鍵した。

 すると鍵盤が光りだした。真っ白で、太陽みたいにギラギラと輝いている。

 感情を爆発させた後は、旋律は下降する。それはまるで城が崩れ落ちていく様な悲しい旋律だ。落ちて、落ちて、落ちて、そして、泥に塗れ叫ぶ様に最後の和音を打鍵した。


「ひけ……た。」


 体から力が抜け、地面に倒れる。満足だ、訳が分からないが満足だった。

 鍵盤を見ると一列に空中に並んだ鍵盤達がヒュンヒュンとバラバラに踊り出していた。


「アナタノ、オモイ、イタダキマシタ。」


 耳元でそう聞こえた気がする。オモイって何の事だろうか。

 鍵盤達が眩い光を放ちながら高速で動き、俺の頭上にあった岩を粉砕する。

 俺は目を瞑った。真っ暗になると大きな音がして化け物の咆哮が聞こえた。

 倒せたのか、それともまだ倒せてないのか分からない。だけどあの男がやたらと嬉しそうな声をあげている。

 俺は安心して眠りにおちた。

読んでいただきありがとうございました。

ショパンエチュードop25-10、

個人的な感想ですが、この曲は激しい性格と穏やかな性格を持つジキルとハイドみたいな曲です。

短調ですが悲しい気分に聞くと逆に元気になれる曲です。

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