桜並木で
「それは…」
単純そうに見えて複雑だね、と能登は苦笑した。
「悩みはその彼の事か」
玻瑠はこくりと頷く。
「どうしたら、救えるだろうって…」
ポツリと呟く玻瑠に「吉野は真っ直ぐ吉野だね」とからかうように能登が言った。
「もういっそのこと聞いてみたら?何があったのか」
「え?」
能登はすらりとした足を組み変えた。
「人に語ることで綺麗に終わることもある」
「でも…」
「彼を傷付けるかもしれないから怖い?あたしは吉野が慎重になりすぎてるんじゃないかと思うけどな」
ひらひら舞う桜の花びらを目で追いながら、能登は言った。
「確かに、あたしたち看護師は患者に寄り添う必要があるからね。心の傷に触れるような事を躊躇するのは分かる。でも、あんたたちは違うんでしょ?」
患者と看護師っていう立場とは…。
その一言にハッとした。
違う?本当に違うって言えるだろうか。
あの空白の時を経て、紺と玻瑠の関係は変わってしまった。以前のように気が置けない相手ではなくなった。
「幼なじみなんでしょ?」
それでも、この関係は幼なじみといえるだろうか。
玻瑠は眉を下げた。
「またそんな顔をする」
隣で能登が苦笑している。
「大丈夫だって。それにもしかしたら、もう時効かもしれないよ?」
「時効…?」
「そう。時効」
紺が両親を亡くした日から十六年、高校で再会した日から九年が経った。
「…聞いて、みようかな?」
ぽそりと呟いた玻瑠に「そうしな」と能登が後押しした。
その言葉に小さく笑いながら、ふと視線をずらすと足元に黄色い蒲公英が咲いているのが見えた。そっと手を伸ばしてその道草に触れる。ちょい、と花を裏返して見ると彼が教えてくれた知識が蘇る。
これは、日本の。
玻瑠はふわりと笑った。
「能登先輩、整形外科勤務でしたよね?」
「そうだよ。…部屋番号?」
さすが能登先輩だ。察しがいい。
「はい。分かります?」
「分かるかどうかは人によるけど…。名前は?」
整形外科に知り合いがいて良かった。
「大神紺って、知ってますか?」
玻瑠は彼の名前を口にした。
「え?吉野の幼なじみって大神さん?」
鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして聞き返す能登に、玻瑠は首を傾げる。
「言ってませんでした?」
「言ってないよ。話の中では『彼』としか言ってなかった」
玻瑠は苦笑した。言ったつもりだと思っていた。
「もしかして、能登先輩の担当でした?」
「いいや。違うけど、分かる」
その返答に首を傾げる。
「結構有名だよ。入院当初は若い看護師の注目の的だったしね。憂いを帯びた綺麗な人ってことで」
ニカリと笑って言う能登に、溜息をついた。
なんて注目のされ方をしてるんだか…あいつは。
モテるのは相変わらずだ、と思い出して玻瑠はフッと笑った。隣で「彼の幼なじみは大変だねぇ」と能登が茶化している。
「確かに吉野が気にするのが分かるな。いろんな意味で。…で、大神さんの部屋番号だっけ?」
「そうですよ。前置きが長かったですね、先輩」
「304。ひとり部屋だよ」
存分に話しておいで。
桜が舞い散る中で、能登は優しく微笑んだ。