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狼の夢見草  作者: 遠野 紗
彼女の記憶
3/16

高校三年生の春に(2)

「…お昼、食べよっか?」

 黙ったままのこんに、微笑みかけながら手に提げた包みを前に突き出した。

「また弁当作って来たのか」

「二人で食べた方が美味しいからね。それに、どうせまた昼食持って来てないんでしょ?」

「要らない」

「いいから。ほら」

 無理矢理座らせて、目の前に弁当を広げる。パタパタとなびく弁当包みの端を紺は目を細めて見ていた。唇が小さく動く。

「聞こえてるよ」

 紺は口を少しだけ尖らせて、差し出されたコップを渋々といったように受け取った。

「しつこくて結構。というか、しつこさで言うならお互い様でしょ?」

「どこが」

「会いに行く度に『オレに構うな』って」

「それは…」

「『不幸にしてしまうから』?それも何度も聞いた」

 自分の分の弁当を広げながら玻瑠はるが言うと、紺は言葉を詰まらせた。 


 これも、彼の記憶の片鱗。

 何故か周囲に人を置きたがらない。玻瑠に対しては尚更そうだ。そして付きまとっている内に気付いたのだが、何故か彼はいつも車道側を歩こうとする。ただの優しさなのか何なのか、玻瑠にはそれも片鱗にしか見えなかった。


「紺、この際だから言っとくよ。私はね、紺ごときのせいで不幸になる気なんか更々無い」

 そもそも、

「幸福だ、不幸だっていうのはその人自身が決めることであって、紺ごときに測れるもんじゃないよ」

 紺は唖然とした後、不満そうに、

「紺ごとき、紺ごときって…」

と呟いた。

「だってそうじゃない」

 悪戯いたづらっぽく笑って玻瑠は言う。

「だから…」

 そこで言葉を切った。

「ハル?」

「…私が付き纏うのも私の勝手」


 一人で居ようとなんて、思わないで…

 とは、言えなかった。


「食べてよ。少しだけでもいいから」

 祈るような心持ちで紺の表情を伺う。

 困ったような、不思議そうな顔。

 そんな表情にどこか落胆している自分がいる。

「どうしてそこまでするんだ?」

 単純で純粋で、

 残酷な問い掛け。

 玻瑠は笑った。傷ついた顔にならないように。紺にそのことを気づかれないように。

「ん?放っていたら紺は体調を壊しそうだから」

 努めて明るく言った。弾んだ声で。

「そう…」

 一言そう言って紺は弁当に箸を付けた。

 そんな彼から顔を逸らすように、柵越しに校庭を見下ろす。

 校庭の隅を散りかけの桜が淡い色に染めている。大きく広げた枝から薄紅の花びらがひらひら、ひらひらと風もなく、憑かれたように散る光景が遠くからでも見えた。


 体調を壊しそうだなんて、ほんの理由の一部だ。オブラートに包んだ一般的な理由。模範解答。

 でなければどう言えばいい?


 消えてしまいそうで怖い、

 だなんて…。


 それこそ「頭がおかしい」と言われても変じゃない。


「ねぇ、知ってる?」

 校庭の隅に目を向けたまま玻瑠は呟いた。

「何を」

「桜って、夢見草ゆめみぐさとも言うってこと」

「あぁ、知ってる」

「披露し甲斐がないなぁ」

 苦笑しながら紺の方を見ると、彼は澄ました顔で弁当をゆっくりと食べている。

「でもなんで…夢見草、なんて言うんだろう…」

 そっと呟いた声が春の気配に消えていく。

「…夢」

「夢?」

「そう。桜の方は『蕾七日、咲いて七日、散って七日、花二十日』て言うくらいだからはかないものの例えなのは理解出来るだろう?」

「うん。あれでしょ?古事記で出て来る木花開耶姫コノハナノサクヤヒメ

「どういう思考で古事記が出て来るんだ?」

「だって、木花開耶姫でしょう?桜っていう名前の元になったっていう」

「そうだけど」

「木花開姫は美しい代わりに短命だったんだよ。姉の磐長姫イワナガヒメと正反対に。知らなかったの?」

 呆然としている紺に悪戯っぽく聞く。

「いや…。随分と話をややこしくするな、と思って。そこら辺の話も詳しくした方がいいか?」

 サラリと言う紺に「いいです」と遠慮する。

「まあ、そういうことで、」

と何がどうそういうことなのかは分からないけれど、彼はそう続けた。

「夢もまた、はかないものの象徴だったから」

「はかなさで共通する夢と桜、ね…。なるほど。だからか…」


 桜を見ていると、夢を見ている心地になる。だから、あの日々も夢のように思えてきて…。


「やっぱり紺の知識には敵わないな…。あれから勉強してたの?」

 黙々と箸を動かしていた紺の動きが止まった。


 あ、


「まぁ、適当に」


 逃げた…。


「そう」

 逃げた彼は追わない。追ったところで何の意味もない。彼の過去を知ると同時に彼の側にいられなくなるだけだ。


「…ところで。どう?弁当は」

 取り敢えず当たり障りのない会話に変える。

「これは美味しい」

 そう言って紺が指したおかずにしてやったり顔になる。

「でしょう?それ、特に気合い込めて作ったから」

 そして心のどこかでホゥッと息をつく。

 そんな毎日が入学式で再会してからのこの二年間、続いている。

 きっとこれからも続いていくのだろう。一年後、高校を卒業して再び離れ離れになるまで。

 そんな予感が、ひらひらと舞う桜の花弁のように目の前を掠めた。


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