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狼の夢見草  作者: 遠野 紗
彼女の記憶
2/16

高校三年生の春に(1)

「カミサマ?」

「そう」

「カミサマってあの、八百万やおよろずの神ーとか言う神様?」

「他に何の神様がある」


 他に?


 フワリと春の風が頬を撫でた。濃紺のスカートがヒラリと揺れる。


「ない」

 こんは「そりゃそうだ」と屋上の手摺りに肘をついたままで小さく笑った。その横顔にフッと引き寄せられる。春風に揺れる彼の柔らかそうな黒髪と淡い陽射しに照らされる白い肌。


「…真面目に言ってたり、する?」

「まさか」

「じゃあ、…なんで?」

「なんででしょう?」


 問い返されても…。


 返答するべきなのか彼が口を開くのを待つべきなのか悩んでいると、紺は続きを呟いた。

「…。世の中って、理不尽だよな」

 紺はクルリと振り返り、手摺りに寄り掛かる。

「取って欲しくないモノばかりを取っていく。どれだけ願っても、取っていくんだ」

 独り言のようにそう言う紺の横顔がひどく寂しくて、玻瑠はフイと空を見上げた。

 薄い綿雲。淡い青。


 取っていく、か…。


 珍しく彼が口にした記憶の片鱗は、またしても淋しい。


 彼に、何があったのだろう。私たちの空白の時間に。


「紺…」

「何」


 きっと、


「…ううん。何でもない」


 私には想像すらできない。


「頭がおかしいと思うだろう?十八にもなる男がこんなこと言うのは…」

「そう?」

「そうだろ」


 でも、そう考えるしかなかったんでしょう?そうしなければ保てなかったんでしょう?自分の中の何かが。

 結局、その言葉を口にすることはしなかった。代わりにただ、「おかしくない」と口の中で幾度か呟く。紺は困ったように小さな笑みを浮かべていた。


 彼を知りたい。


 そう思う。

 物心付く前からお隣りさんで、だけど小学校三年生の春休みに越していった幼なじみの事を。あの後、お互いの名を口にすることが少なくなった日々の中で、彼がどんな経験をしてどんな人と出会ったのか。

 もちろん全てをとは言わない。断片だけでも知りたいのに、彼はいつも中途半端に笑ってかわす。

 こぼれ落ちたいくつかの記憶の片鱗を繋いでも、分かることはといえば、彼から更に何かが失われた、ということだけだ。もしくは、あの時からの延長線上か。

 空白が空白のまま、紺と玻瑠はるの間に今だ横たわっている。


「でもさ、」

 玻瑠は小さく呟き、紺は玻瑠を見た。

「いつか…いつかでいいから、教えてよ。何があったのか。待ってるから…。ね?」

 真っ直ぐ紺の目を見つめて言うと、彼は驚いたように見つめ返し、足元に視線を落として、

「いずれ」

と息だけで言った。


 今はまだ「いずれ」でいい。きっと無理矢理聞くと彼は傷付いてしまうだろうから。だから…、そう。


 ただ、約束が欲しかったのだ。



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