紺の桜
黄昏。誰そ彼は、人の区別がつかなくなる時間のこと。
誰がこの時間帯に名前を付けたのだろう。なんで、こんな寂しい名前を。
彼の話が終わり、玻瑠は何も言えず、二人の間にはただ静寂が流れた。
「ごめん。だから、高校の時あんなこと言った」
「あんなこと?」
「関わるなって」
紺は寂しそうに顔を歪める。ふるふると首を横に振ると困ったような顔に変わった。
「怖かったんだ。父さんも母さんも事故でいなくなって、先輩も事故でいなくなった。オレのせいじゃないかって考えた。神様がオレの死を周りの人に被せてるんじゃないかって」
「だから避けた」と静かな呟きが茜色の病室に響いた。
そういう意味だったのか。不幸にするというあの言葉。彼なりの守り方だったのか。
なんて不器用な人…。
彼が抱えていたのは、哀しみであり、自分に対する怒りであり、何かを求めつづける孤独感。
そんなものを幼い頃から一身に抱えて。
あぁ、だからか。
だからそんな、
哀しい瞳をしているの……?
「ねえ。もしかして、その怪我…」
嫌な予感を抱えながら、恐る恐る問い掛けると「あぁ、違うよ」と彼は笑った。
「心配しなくても、わざとじゃない。過って転落した」
そこでふと言葉を切った彼は、夜の色、紺色に染まりつつある窓の外へ目を向けた。
そういえば、と思い出す。
今夜は十六夜だ…。
彼はそんな色を自嘲的な笑みを浮かべて見つめながら、うっすらと開いた口から零した言葉は、「死にたくても死ねなかった…」だった。
喉の奥がギュッと締め付けられたようになって、玻瑠は手元の写真アルバムに視線を落とした。パラパラとゆっくりめくる。
鮮やかな木の葉。
水溜まりに映る空の色。
名前の知らない真っ白な花。
泉に映る木々の万華鏡のような世界。
ブランコの上で満面の笑みを浮かべる子供。
色とりどりの花畑。淡い青の空と輝く青い海。
茜色に染まった小道に落ちる手を繋いだ三人家族の影。
………
「あっ…」
ハラリと一枚の写真が滑り落ちた。どこかに挟んであっただけで入れてなかったのかもしれない。
手を伸ばしかけて、玻瑠はふと止めた。
何か、裏に書いてある…?
チラリと紺の方を窺うと、彼は一瞬流し目で確認した後何も言わずにまた窓の外へ視線を戻した。
その写真をそっと手に取って、細い流麗な文字で書かれた文章に目を滑らせた。その文章に、そして裏返したその風景に玻瑠は目を見開いた。
「紺…」
もうダメだ。限界。
目の奥が熱くなって、頬の上を涙が伝った。それは彼のためか自分のためか。ただ悲しくて寂しくて…嬉しくて…。玻瑠はもう一度彼の名を呼んで、その手を取った。
「見つけてるじゃない…」
彼が不思議そうに振り向く。
その写真に書かれてあったのは小さな叫びだった。言えなくて言いたくてずっと押さえ込んでいた叫びだった。
「ばーか。こんな写真、こんな優しい写真たくさん撮って、神様探して…。何で気付かないかな…?」
両親を事故で亡くし、哀しみに暮れていた彼を慰めた先輩をも事故で亡くし。幼い心で、神様が自分の死を周囲の大切な人間に被せているのではないかと考えて、神様を探して。
彼の言うその神様はいったい何者なのかも、彼が神様にいったい何を願ったのかも、分からない。
だけど……
「知ってる?紺。この言葉、こうとも書けるのよ?」
『いきたい。行きたい。逝きたい。イキタイ…』
「生命の生」
生きたい