ハルの中で
「どしたの?そんな浮かない顔してさ」
その声に驚いて振り返る。
そっと抜けたつもりだったが、気づかれていたらしい。
「…そんな顔、してます?」
「してないつもり?」
呆れたように聞き返されて、玻瑠は苦笑した。
自覚はある。だから、抜けてきた。折角の花見の席を台無しにしてはいけないから。
「気づかれてないとでも思ってたの?」
全く気付かれないとは思っていなかったけれど、誰かが追って来るとも思っていなかった。
「そもそも私を誰だと思ってる訳?」
悪戯っぽくそう問う彼女に、そうだったと大学時代の事を思い出す。玻瑠は笑いながら、
「相手の表情から想像して感情を読み取る。その正確さから、妖怪、覚と呼ばれた能登先輩です」
と答えた。
「ご明答。事情までは分かんないけどさ、あんたが何か思い悩んでるのくらい手に取る様に分かるよ?」
あんたは感情が顔に出やすいから尚更分かり易い、と能登が大学時代に言った台詞を思い出す。玻瑠は苦笑しながら上を向いた。
散りかけの桜が春の淡い青空に浮かんでいる。花見をするには少し遅かったかもしれない。でもまあ、看護師という職業柄仕方があるまい。
「少し…いや、結構長くなりますけど」
「問題ない。時間がなくなればまた話せばいい」
豪快に言う能登に、先輩は先輩だと小さく笑う。
「…それじゃぁ」
側にあったベンチに近寄り、桜の花弁を払い落として二人は座った。
また一枚また一枚と薄紅が舞い落ちる。少し向こうで、抜け出して来た花見の席で友人達が楽しそうに談笑している。目の前をひらひらと舞う花びらを目で追って、玻瑠はそのまま視線を地面に落とした。
改めて考えてみると、私に花見は向いていないのかもしれない。
玻瑠にとって、桜の季節というのは出会いよりも別れの方が色濃かった。ずっと。ここ何年も。桜を見る度に探していたのだ。
足元で蒲公英が揺れている。
その光景を見ながら、一連の日々を思い出しながら、玻瑠はそっと言の葉を紡ぎ始めた。まるで独り言のように。
彼が、「神様を探してる」って言ってたんです−−