センニチコウの咲く頃におはよう
このお話は作者である私のブログにも掲載させていただいてあります。
やや血・死的表現もありますので自己判断でご覧くださいませ。
R指定するほどではございませんが。
よろしくお願い致します。
ごく普通のある日のこと。
メリィさんは蘭の咲く丘で、メェメェ泣いている羊と出会いました。
「おや、羊さんどうしたんだい?」
メリィさんは放っておけず、声をかけました。
「何でもないよ……メェメェ」
羊はまだメェメェ泣いています。
メリィさんは寂しそうな目をした羊の横に座りました。
「私は、ただここにいるよ」
「メェメェ、メェメェ……」
まだまだ羊は泣いています。
どうしたら泣き止んでくれるのかわかりません。
「ずっと隣にいるよ」
「メェメェ……メェ」
羊はチラリとメリィさんを見ました。
メリィさんは安心させるように微笑みました。
「ここにいるからね」
「メェ……。寂しかったの」
羊はポツリと呟き、恐る恐るメリィさんに手を伸ばしました。
メリィさんはその手をキュッと握ってあげました。
次の日も、羊は蘭の咲く丘に一人座っていました。
「おはよう」
「おはよう、メリィさん」
羊は微笑んでメリィさんに答えてくれました。
メリィさんは羊が笑ってくれただけで、何だか嬉しくなりました。
それから毎日、メリィさんは羊に会いに、蘭の咲く丘に行くようになりました。
羊もすっかりメリィさんに心を許してくれたようでした。
「メリィさん」
「なんだい?」
「どうして、僕に優しくしてくれるの?」
少し不安そうな羊の瞳が揺れています。
「私も寂しかったんだ」
「え?」
「だから一緒にいたくなったんだよ」
メリィさんは正直に答えました。
「そっか……そうなんだ。メリィさんも僕と一緒だったんだね」
羊は少し照れたような嬉しそうな笑みを見せました。
「メリィさん、ずっと仲良しでいようね?」
「もちろんだよ」
メリィさんは嬉しくて、でも同時に戸惑いました。
このとても愛しい羊を自分は傷つけてしまうのではないか。
愛おしくて愛おしくて、大切な羊。
可愛くて可愛くて……なんて、いい匂いなんだろう。
「メリィさん?」
「っ!!」
「どうしたの? そんなに舐めたらくすぐったいよぅ」
「あぁ、ごめん。可愛くてつい」
「えへへ! 照れちゃうよぅ」
無意識に羊を舐めていたメリィさんは、自分に驚きました。
無邪気に照れる羊。
なんて可愛いのだろう。
あぁ、自分も羊に生まれていたら……。
羊が「メリィさん」と呼んでくれるだけでこんなに嬉しいというのに。
メリィさんは悲しくて泣いてしまいました。
「メリィさん!? どうしたの? どうして泣いてるの?」
「何でもないよ、何でもないんだ」
メリィさんは涙を拭いましたが、次から次へと溢れて止まりません。
「僕はここにいるよ」
「!!」
「ずっと隣にいるからね」
「……うんっ」
メリィさんは嬉しくて、そして悲しくてたくさん泣きました。
あぁ、きっと……きっといつかこの愛しい羊を傷つけてしまう。
どうして私は……。
どうして、どうして……?
それからもメリィさんは、毎日毎日羊に会いに行きました。
可愛くて愛しい羊とじゃれ合って、抱きしめて、一緒にあの丘で眠りました。
あぁ、私の可愛い羊。
愛おしい、愛おしい、なんて可愛くて、なんて……なんて美味しそう。
「痛っ!!」
「っ!!」
口に広がる血の味、鉄の香り。痛みに驚いた羊の声。
メリィさんはハッとして羊から離れました。
あぁ、とうとうやってしまった。
羊の首から流れる真っ赤な血。
メリィさんはとうとう羊を傷つけてしまったと絶望しました。
「メリィさん……?」
「……っ」
戸惑った羊の視線に耐え切れず、メリィさんは逃げ出しました。
「メリィさん!!」
背中に聞いた羊の呼ぶ声。
それでもメリィさんは走り続けました。
走って走って、花の咲かない崖のてっぺんまでやってきました。
鋭い爪を大地に目一杯食い込ませ、大きな声で泣きました。
響きわたる狼の遠吠え。
それはメリィさんの悲しみの声でした。
わんわん泣いて、たくさん泣いて。
どれくらいそうして泣いていたのでしょう。
メリィさんは泣き疲れてがっくりとその場に座り込みました。
あぁ、これでもう……あの愛しい羊に会うことは出来ない。
もう二度と、あの羊の「メリィさん」と呼ぶ声を聞くことは叶わない。
あぁ、もういっそこの崖から飛び降りてしまいたい。
そしたら、今度は羊に生まれ変われるかもしれない。
メリィさんはフラフラと崖っぷちに向かって歩き出しました。
「メリィさん!!!」
「え?」
悲痛な声と共に抱きついてきた温かい鼓動。
二度と触れられないと思っていたもの。
どうして、羊がここにいる?
どうして、どうして私の傍に?
「どう……して?」
メリィさんは信じられなくて、掠れた声で尋ねました。
「メリィさん。僕、メリィさんが大好きだよ」
羊はメリィさんの目を見てハッキリと言いました。
メリィさんは混乱しそうでした。
だって、自分は羊を傷つけた。食べようとしてしまったのに。
「メリィさん、僕を食べたい?」
「!!」
「食べたいのに、ずっと我慢してくれてたんだね」
ぎゅっと抱きついてくる羊は俯いていて表情は見えません。
軽蔑しただろうか。いや、恐れているだろうか。
自分を食べようとした私を、羊はどう思っているのだろう。
それでも、今抱きついてくるその姿が愛おしい。
メリィさんはそう思ってしまいました。
「食べても、いいんだよ……?」
「っ!?」
羊が呟いた一言に、メリィさんは息を飲みました。
羊はそっと顔を上げて、メリィさんを見つめています。
羊の潤んだ瞳は怯えてはいませんでした。
むしろ強い瞳で、呟かれた言葉に偽りが無いのだと語っていたのです。
「本当はちょっと気づいてたんだ。メリィさんが僕を食べたがっていたの」
「……っ」
「いいよ、僕を食べて。メリィさんにだったら食べられたっていいんだ、僕」
そんなの……。
「……そんなの、そんな事出来るわけないだろう!!」
メリィさんはそう叫ぶともう止まりませんでした。
「お前と笑っていたいだけなんだっ! お前を食べてしまったら……。
一人になってしまうじゃないか! お前がいないなんて!
そんなの……そんな寂しい未来なんか、私はいらない!
こんなに愛しいのに……なのに、お前が美味しそうで、私は……っ」
メリィさんは泣き疲れてもう出ないはずの涙が、また溢れてきてしまいました。
「……嬉しい。メリィさんがそんなに僕のことを想ってくれてるなんて」
羊はメリィさんの涙をペロペロと舐めて囁きます。
「僕はどうして狼じゃないんだろうって、
メリィさんはどうして羊じゃないんだろうって思った」
泣き続けるメリィさんに羊は静かに言葉を紡ぎました。
「僕はメリィさんとずっと一緒にいたい」
「それは、それは私だって! でも……っ」
「僕が羊だから、メリィさんが狼だから……」
そう。どうやってもその事実は変わらないのです。
メリィさんは狼で、どんなに愛おしくても羊を食べたくなってしまうのです。
「お前を傷つけたくないんだ……っ」
「うん、僕もメリィさんを傷つけたくないよ」
羊は優しく、でも強くメリィさんを抱きしめます。
「無理なのかな? 傷つかずに一緒にいるのって……」
「……っ」
もしも同じ狼だったなら、同じ羊だったのなら……。
メリィさんも羊もそう思わずにはいられませんでした。
「こんなに大好きなのにね」
「私も……好きだ」
もし生まれ変われたら……。
メリィさんは死んで生まれ変わりたいと、そう思ってしまいました。
羊は、そんなメリィさんにそっとキスをしました。
「うん、知ってる。……ねぇ、メリィさん。一緒にさ……一緒に、眠ろう?」
抱きついてくる羊が一歩、メリィさんを押しました。
「っ! ………………ダメだ」
「うん、でも眠ろう?」
また一歩。
メリィさんは静かに目を閉じました。
あぁ、私はこの羊には勝てない。勝てっこない。
「ダメだ……」
そう言ってもまた一歩。
メリィさんはクスっと小さく笑いました。
私はなんて我侭なのだろう、と。
愛しい羊が一緒に堕ちてくれることが嬉しい。
でも自分のせいで堕ちてしまうのは悲しい、なんて。
「おやすみ、大好きなメリィさん」
「あぁ、おやすみ。愛しい私の羊」
ふわりと舞う風に、メリィさんは羊を強く抱きしめました。
あわよくば、どうぞ明日の朝に羊だけでも目を覚ましますように……。
遠吠えが響いたあの花の咲かない崖の下。
いつの頃からか、赤い赤い花が咲くようになった。
太陽の光を浴びて、元気に咲く花が。
朝を告げるように花が開く。
「「おはよう」」
むしゃくしゃしてやった!なんちゃって^^
初投稿となります。
読んでいただきありがとうございました。