缶じゅ〜す
あぁ、何だろうこの街は。
どうしてみんなそれほど喜嬉として歩いているのか。こっちは不幸の最果にいるというのに。実に不愉快だ。
俺は道路と歩道を遮るガードレールに腰掛けながら、そんな事を思っていた。クリスマス、正月と、こう俗にめでたいと言われる行事が続くと、俺は心底気がめいる。
ふと、路の隅にポツリと佇む自動販売機が目に入った。道行く人で、立ち止まる者など一人もいない。
「お前も一人なのか……」
自販機と自分の姿を重ね、俺は思わず苦笑した。街中で寂しく佇むその姿は、あまりに俺と似ているじゃないか。何故だか親近感を抱き、俺は心などある筈もない古びた箱に近付いた。
まだ寒いのに、ホット缶など売っていない。“つめた〜い”の表示が、なんだか淋しく見えるのは気のせいか。
いつの間にか俺は財布を取り出し、百円を二枚そいつに入れていた。俺がジュースを買ったからといって、自販機の奴が喜ぶ訳もなく。はっきり言って、只の自己満足。
コーヒーのボタンを押すと、缶が落ちる音と小銭の金属音が鳴る。どちらも日常に溶けこむ、ほんの些細な音……。
「さむ……」
俺は冷えたコーヒーを片手に呟く。冷たさに取り落としそうになったので、袖を伸ばして手袋代わりにした。少し、後悔。
不運というのは続くと言うが、俺は昨晩爪を切ったばかりで……。つまり、プルリングがなかなか開いてくれない。
バチンッ!バチッ!それが俺の苛立ちを増幅させる。ついてない。
いや、開くさ。缶ジュースくらい開けようと思えば簡単にね。だけどここで諦めて何か道具を使うのは、プルリングごときに屈したみたいで腹が立つ。先に仲間意識の芽生えたアイツにも、何だか軽い敵意を感じる。
「くそっ……」
俺はひたすらに、自分の手で、プルリングをこじ開けようと頑張った。やっと小気味いい音と共に缶ジュースが口を開けた時には、自然とガッツポーズをキメてしまった。我に還り辺りを見回す。誰も見ていなかったことに、俺は安堵した。
一口すすると、豊醇な薫りが口内に広がった。俺はフゥ、とため息を突く。息は白い。
やっぱり自販機はいい奴だったんじゃないか。なんて。我ながら滑稽な考えだが、自分のそんな所は割と好きだ。
「頑張れよ」
自販機に声を掛ける。奴はウィーーンと答えた。
『お前もな』
そう、言われた気がした。
缶ジュースを飲み干すと、俺はごみ箱にそれを捨てようとした。俺を苦しめた憎きプルリングがいじらしく光る。今日という日の想い出に、とっておくのも悪くない。
銀のワッカを切り離すと、ジャケットの内ポケットにしまった。
「じゃあな。同志よ」
俺は奴に向かって微笑んだ。さっきまでの苛立ちもさっぱり感じない。
俺の放った缶ジュースは、弧を描いてごみ箱に消えた。
日が傾き、先程まで薄暗かったアイツの処に光が射し込む。横顔は、少し逞しく見えた。
――翌日、
奴は変わらず其処に在る。
変わったのは、奴にお客さんが居ることと、俺の心が晴々としていることだけだ。