第3話 シューの初任務
結局、シュ―は朝方まで寝付けなかった。
ようやく眠りにつけた時、時刻は朝の五時を回っていたが、突然のサイレンで目が覚めた。
「火事はどこだっ?」
飛び起きた弾みで、ベッドから転がり落ちた。
「ドンくせ」
笑い声の先を目で追えば、部屋の隅っこが白く光っていた。
「明かり?」
この部屋にも、いや地獄にも電気があるのだろうか。
シュ―は立ち上がると、一の座っている椅子に近付いた。
「パソコン?」
明かりの正体は、パソコンの光だった。
机の上に、一代のノート型パソコンが置かれていた。
「今、指令が下った。指令は、パソコンで送られる。今回は、下界へ行く指令が二件」
「なっ、待ってよ。何これ?地獄にパソコン?ありなわけ?」
目を丸くするシュ―を見て、一が笑った。
「何言ってンだよ。地獄だって時は進んでる。俺の時代では考えられなかったけどな。はは、こんだけ長い間、地獄と下界を行き来してりゃ慣れもするわ」
一は、パソコンのマウスを動かして、画面上に現れたボタンをクリックした。
「了解っと」
相変わらず辺りは薄暗く顔色は窺えないが、その表情は曇っているように思えた。
「俺……何すればいいの?」
シュ―はパソコンに手を当てた。
(温かい……)
熱を持ったパソコンは温かく、久しぶりの温もりだった。
「俺達の任務は、主に三つ。記憶転換、記憶排除、記憶消滅」
「何それ?」
首を傾げるシュ―に、一は、ひとつひとつ説明した。
「自殺しようとする子供を救うのが、俺達の任務だ。子供の記憶を転換させて、自殺行為から遠ざける。最もリスクが少ない、子供にも俺達にとっても。次に記憶排除、記憶の一部を排除して自殺行為を頭から無くす事に意義がある。これは大抵失敗する、一番難しいからな。それで三つ目がある。一番リスクが高い任務だ。記憶の一部消滅を図る。死に際までトコトン追い詰められた子供の為に使う力で、出来れば避けたい任務だ。おいおい説明していく。今回は、記憶転換と記憶排除。お前は、記憶転換をやれ。初心者だしな」
「……分かった」
返事をしたシュ―は、画面に映し出された名前を見て固まった。
「なんで!?」
『記憶排除の依頼、田沼覚子 十二歳』
パソコン画面に映し出された名前に、シュ―は覚えがあった。
忘れる筈はなく、忘れられる筈もない。
「覚子が、なんで」
「ん?知り合いか?」
「あ、事故で亡くなった担任の娘さんで」
初恋の相手とは流石に言えなかった。
唯一の心残りが母親の事ではなく、初恋相手だとは流石に言えない話だ。
「一、ゴメン、この依頼やらせて貰えないかな?」
一は、パソコンを見つめて思いつめた顔で押し黙った。
「頼む。お願いします!」
シュ―は、頭を下げた。
「はー」
溜息を吐いて、一はシュ―に向き直った。
「初っ端から記憶排除って大変なんだぞ?俺も、ついこの前、失敗した」
「それでも、お願いします。一言でいい、彼女に謝りたい」
頭を上げずに、シュ―は頼み続けた。
「尚更ダメだ。人間との接触は禁止されてる」
シュ―が顔を上げると、十三歳とは思えないほど厳しい表情を浮かべた一がいた。
「彼女は俺が受け持つ。お前は、記憶転換の依頼をやれ。いいな?これから説明を」
「嫌だ!」
「はっ?」
「説明してくれただろ?記憶排除の段階は、記憶消滅の一歩前だって。俺は、この任務を絶対に成功させる。約束するよ。喋らない、接触しない。だから、代わって欲しい。この子だけは、俺が守りたい。守らせてくれ。今後二度と、こんな我儘は言わないから」
「……」
「……」
沈黙が部屋に呑み込まれていった後で、一が首をすくめて笑った。
「分かったよ。初心者に記憶排除を任せるのはルール違反だが、黙って見逃してやるよ、今回だけな」
「ありがとう!」
「救ってこいよ、愛しの女を」
「!!」
シュ―の頬が赤くなったのが、パソコンの薄明かりで、一には分かった。
「おまえ、バカだよ。好きな女がいるのに、死んじまうなんて。いいか、恋愛感情は持つなよ」
一はパソコンに向かうと、
『記憶転換、新堂こはる 十歳。 担当者、 シュ―。
記憶排除、田沼覚子 十二歳。 担当者、 番号一。 』
そう打ち込んで送信ボタンを押した。
「表向きは、俺が担当だ。上には内緒だからな」
「本当にありがとう!助けるには、どうすればいいの?」
「まー、待て。急ぐな。そろそろだから……お、来た来た」
『記憶転換 制限日数 一日
記憶排除 制限日数 二日 』
そう書かれたメールの下には、赤いボトルと、橙色のボトルの絵があった。
「俺は、一日で任務を終えなければ魂が消滅する。お前は二日だ」
「えっ?」
「魂が消滅すれば、この地獄から解放されるなんて甘い考えは持つなよ。前に、そうやって地獄の最下層に飛ばされた奴がいる」
「たとえ任務達成出来なくとも、期間内には必ず戻って来い」
「待って、達成出来なかったら、覚子はどうなるわけ?」
「……自殺する可能性が高くなる。自殺するかもしれないし、しないかもしれない。俺達が干渉出来るのは、一度だけ。俺達が任務を失敗しても、エンマは、その子供を助ける事はしない。それが地獄の掟。そもそもこれは、人間を救う事に重きを置いてない。俺達自殺者に罪を償わせる為に行われる罰。俺も、過去に一度救えなかった奴がいる」
俯いて喋る一は、苦しそうに顔を歪めた。
「俺達は、天使じゃない。人の命を救えるかもしれない機会を与えられているだけだ」




