第2話 番号一を与えられた少年
地獄のエンマは言った。
「寝る場が与えられただけ有り難いと思え」
口から覗いた牙は太く鋭かった。
「布団は任務をこなしてからだ。死んで楽になれると思うな」
冬のように冷たい監獄の中で、敷布団も掛布団もないまま眠れるわけがない。少年は寒さに震えながらエンマを怨んだ。
ようやく解放される、そう思ったのに……魂の逝き付いた先は、地獄だった。
「見よ、お前の愚かさが招いた人の痛みを」
エンマと呼ばれる角の二本生えた化け物は、青白い光を放つ丸い池を指差した。
その爪は十センチ以上あったが、少年は恐怖より怒りが勝ってエンマを睨みつけた。
「ちょうど、おまえの通夜が執り行われているところだ」
少年は、目の前の光景に目を背けた。
しかし母親の気も狂わんばかりの泣き声は、エンマ池の周りにコダマした。
「ころしてえええ、ころしてええええ!」
耳を劈く程の大声に驚いて振り向くと、凄まじい形相の女性が包丁を片手に狂乱していた。
あの優しかった母親とは、とても思えない姿に少年は驚愕した。
「奥さん、落ち着いて!」
周りの人達が必至に止めに入る。
けれども、母親の目は何も映していないようだった。
「あの子がいないのに!生きていて何になるのおおお!」
「おい、誰か押さえろ」
一体いつから泣き叫んでいるのか、声はガラガラになっていた。
「いたたっ」
母親が持つ包丁の先が親類のおじさんの目元を掠めると、火の付いたような騒ぎになった。
「きゃー、血よー!」
「冬香さん、お願い、もうやめて」
「いっそ、ころしてええええ!」
少年は、母親だった人物をじっと見つめて思った。
(ハエ一匹殺せない心優しい人だったのに、俺のせいで……)
少年は胸が潰れる思いだったが、悲しい事に涙が出せなかった。
「早く包丁を取り上げろ!」
「おい、大丈夫か?傷が深いぞ」
「医者を呼べ、医者だ!」
「誰か、包帯を持って来て!」
母親を取り押さえる輪の中に叔母を見つけて、少年の心は再び怒りに燃えた。
「義姉さん、死んで何になるっていうの。駒が浮かばれないわ」
「あいつ!!俺が死んだのは」
「自殺した者は、その罪をあがなう義務がある」
エンマが少年の言葉を遮った。
背筋が凍るような恐ろしい声音に、少年は身震いした。
「もう一度だけ言う。死んで楽になれると思うな。今日から、おまえは、番号一だ。お前の住処は、六十三丁目。十三で自殺した子供が住む地獄の丁だ」
一と命名された少年は、去り際にエンマ池を見つめたが、水面は元に戻って何も映さなかった。
青鬼に引っ張って行かれた先は、『無の空洞』と呼ばれる監獄だった。
青鬼は意地の悪い笑みを浮かべると、少年を無理やり部屋に押し込んで鍵を閉めた。
ガチャリという金属音と共に青鬼は言った。
「自殺なんざするもんじゃねーよ。けどまあ、同情くらいはするぜ。おまえさんの場合は、他殺だからな」
「他殺!?誰に殺された!?何で自殺になってる!?」
少年が必死に尋ねると、青鬼は又もや意地の悪い笑みを浮かべたが、包み隠さず話してくれた。
「浮雲に暮らす誘死妖怪のせいさ」
「浮雲って何?ゆうし妖怪って、どんな妖怪?」
少年が必死に食い付くと、青鬼は一瞬黙ったが、最後まで話した。
「浮雲は、地獄と極楽を彷徨う巨大な雲。誘死妖怪は、死を誘う妖怪。あいつらは探してんのさ、おまえさんみたいな自殺に見せかけやすい子供を。おまえさんは、やつらの商売に巻き込まれたのさ。諦めな、やつらに目を付けられて助かった子供は皆無さ」
真実を知って沈黙した少年に、青鬼は釘を刺した。
「今の話は、全部忘れな。地獄にきた、それが全てさ」
一は、去って行く青鬼を黙って見つめた。
そして、固く決意したのだ。
「俺は、いつか絶対にここを出る。ここを出て、絶対にやり返す!機会は必ず来る!」




