第1話 地獄の六十三丁目
「今日から、おまえは番号五零、いや……シュ―だ。お前の住処は、六十三丁目。十三で自殺した子供が住む地獄の丁だ。用は済んだ、連れて行け」
シュ―と命名された少年は、去り際に一度だけエンマ池を見遣ったが、水面は元に戻り何も映していなかった。
青鬼に引っ張って行かれた先は、『無の空洞』と呼ばれる監獄だった。
「こんなトコに住めって?」
思わず後ずさったが、青鬼が、手に持った槍の先を背中に突きつけて進むよう促した。
「今日からここが、お前の部屋だ」
監獄の中は薄暗く、窓一つなかった。
「こんなトコ、住めるわけないだろ」
「住めるさ。お前は、もう人間じゃない。死人に口なし。お前の体は火葬されて、魂は地獄へやって来た。エンマ様の奴隷になったのさ」
青鬼は意地の悪い笑みを浮かべると、シュ―を無理やり部屋に押し込んで鍵を閉めた。
ガチャリという金属音と共に、「自殺なんざ、するもんじゃねーよ、坊主」という捨て台詞を吐いて去って行った。
しばらく呆然と立ち尽くしていたが、段々と怒りが込み上げてきた。
「死んだら終わりじゃねーのかよ。ざっけんな!誰が、奴隷になんかなるか!」
シューは腹立たしさをこらえ切れずに、思い切り前足を蹴った。
その時、何か固い物にぶつかったのか、グワワンと気味の悪い音が部屋に響いた。
「ははっ、随分と威勢がいいな。新しい住人か」
シュ―は慌てて目を凝らしたが、慣れるまで数秒かかった。
うっすら見えるようになると、蹴ったのはパイプベッドだと分かった。
そして、声の主はそのベッドの上で寝ていた。
同年代に見えるが、背はシュ―より高い。
ベッドの長さは、せいぜい一メートルだろう。
少年の細長い足は、ベッドからはみ出ている。
「名は?」
「シュ―」
「珍しいな、番号じゃねーのか。俺は、番号一。ここへ来た最初の十三歳」
「最初?」
「ああ、十三で自殺した最初の人間って事。もう人間じゃねーけどな」
それを聞いた途端、シュ―は戦慄を覚えた。
「それ……何年前の話?」
一は、シュ―の質問には答えず背を向けた。
「お前のベッドは、あっち」
細長い指先を目で追うと、高さ三十センチのパイプベッドが右隅にくっつけてあった。
マットレスは置かれていない。掛け布団すらなかった。
「マットレスと布団が欲しけりゃ、任務を成功させる事だな」
シュ―の心を読んだのか、一が言った。
薄闇に慣れてはきたが、ゆっくりとパイプベッドに近寄った。
その上に腰掛けると、シューは恐る恐るたずねた。
「君も、白い着物なんだね。皆そう?……ねえ、奴隷になんて、なりたくないんだけど。ここで一生過ごすわけ?」
「……五十年だ」
背をむけたまま、一がポツリと呟いた。
「え?」
「五十年目までは数えてた。でも、もう数えるのも嫌ンなっちまって。それ以来は数えてない」
シュ―は、気が遠くなる思いがした。
「い、一は、何年生まれ?」
シュ―は生きていた頃、終心という名前で平成生まれだった。
「聞きたいか?」
「う、うん」
「ぞっとするぜ?」
「それでも聞きたい」
一が寝がえりを打ってシュ―の方を向いたが、その目は薄闇の中でもはっきりと分かるくらい冷たいものだった。
「大正……元年」
シュ―は息を呑んだ。
「まさか!冗談だよね?」
思わずシュ―は笑った。
しかし、一の瞳は一欠片も笑っていなかった。
「信じないか?」
「そんなわけじゃ」
シュ―は、慌てて首を横に振った。
「そうじゃなくて、だって、元年っていつ?」
「1912年だよ。あの時、俺は十三歳だった。そして今も、十三歳のまま。体は朽ちても、魂は罪によって繋ぎとめられてる。お前も、そうなる。シュ―、俺達に自由はない。それだけの事を俺達はした」
一が落ち込んでいるのか悲しんでいるのか、声音からは判断しにくい。
シュ―の脳裏に、さっきの光景が蘇った。
刃物を振り回して暴れる母親や、それを止めに入ったおじさん達が怪我を負う姿、あれを生みだしたのは、シュ―なのだ。
「今夜は眠れよ。朝になれば任務だぜ?詳しい事は、また明日教えてやるよ。時間だけは腐る程あるからな」
そう言うと、一は、自分だけ布団をかぶって寝てしまった。
シュ―も横になったが、背中が痛くて眠れない。
魂だけの筈なのに寒さを感じる、痛みを覚える。
心細さが募ってゆく。
死なない未来があっただろうか……シュ―は、エンマ池を思い出して眠れなかった。




