黒猫は今夜、窓から天使を攫う
短編エピソード「私の物語はこれからですが!? 」と繋がっています。
読者様にとって、ひとときを楽しめるストーリーになればと思います。
世界を救った英雄達である聖女と聖騎士の結婚を、民が国そのものが祝福した。
結婚式は厳かに行われ、教会には人が溢れかえらんばかりにごったがえしている。
「幸せね」
胸から溢れた小さなつぶやきはベール越しでも聖騎士セルゲイは聞き逃さない。
「貴女と・・・ミレイ・・・様とこのように結ばれる事ができて私は幸せものです」
銀髪、碧眼のセルゲイの美貌は神の御業でつくられた彫刻のように完璧だった。
そんな作り物のような顔でも、頬を赤らめ照れている様は人間味が感じられる。
「私も、とても、とても幸せなの。貴方のお嫁さんになれて」
まさに花が綻ぶような笑顔とはこのことだろう。
そして今日は神の奇跡も大盤振る舞いだ。
聖女であるミレイの気持ちに呼応して奇跡の花が舞い落ちるわ虹がかかるわ森の動物達が押し寄せるわ幸せの象徴である蝶がどこからともなく舞飛んでくるわ、それはそれは華やかな結婚式だった。
だがこの二人の最大の問題を誰も知らなかった。
幼き頃より教会にて育てられた二人は、
教会の意向により純粋無垢、清廉であれという教育方針により、見事に純粋培養された。
その結果、「生の理」を二人は知らなかった。
結果、二人にとって子供とは「コウノトリが運んでくる」という伝説を本当だと信じている。
「私達のコウノトリさんはいつやってくるのかしら?」
聖女と聖騎士をとりまく神官達はおかしい事に気づきはしたが「生の理」を聖職者が口にするのをためらい、誰が教えるかで役目を押し付けあっていた。
そしてもたつく聖職者達を見て呆れた神が救いの手を伸ばされた。
教会で祈りを捧げる聖女ミレイにどこからともなく一筋の光が降り注ぎ、輝かんばかりの大きな光に包まれた。
あろうことか、聖女ミレイは『神の奇跡』により処女のまま妊娠したのだ。
『生の理』を無視した珍事件だったが、決定的瞬間を見ていた目撃者が多く、不貞を疑われることはなかった。稀代の聖女と謳われた聖女ミレイがまさに神に祝福されたと国中が色めきだった。
それから聖女と聖騎士の子供として生まれた男の子はこの世でもっとも神に近い存在として教会に大事に育てられた。
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episode:1
「にゃーん」
塀の上の黒猫は窓に向かって鳴いた。
少し待つとゆっくりと窓が開き、中から銀糸の髪を持つ少年が顔を覗かせた。
「ディアン」
儚げな雰囲気の少年は優しく黒猫を呼んだ。
「今日も来てくれたのか?」
聖女と聖騎士の子として生まれ子供は「アーダル」と名付けられ15歳になった。神にもっとも近しい生きる神様として、大事を通り越して過保護以上の扱いを受ける事となったアーダルは15年間教会から出る事を許された事がない。
「おやつをあげようか?」
アーダルの唯一の心の癒しは数年前から塀の上に遊びにくる黒猫だけだ。
名前を「ディアン」と名付け、気まぐれにやってくるひと時を楽しみにしている。
突如現れた黒猫はいつも窓から離れた塀の上にいて、手の届く窓辺には決して降りてこない。
猫の好きそうな食べ物やミルクを用意しているが一度だって関心を示したことはなかった。
黒猫はアーダルに会いに来たわけではなく、塀の上が散歩道なのかもしれない。しかしいつも窓の前で鳴く声は自分を呼んでいるように聞こえた。
だから声が聞こえれば窓を開け、黒猫にあれこれと話しかける。
黒猫は塀の上でそっぽを向いているが、耳をこちらにかたむけて話しを聞いてくれている気がしたからだ。
だがひと時の楽しい時間は黒猫の気分次第で終わってしまう。
するりと塀の向こうへ消えていく影を寂しげにいつも見送るだけだった。
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episode:2
部屋で退屈しのぎの本を開いていた時だった。
自分をとりまく光の粒子に驚いて瞬きをすると、窓から「シャーッ!」と猫の声がして、光の粒子は消えてしまった。
窓に目をやれば、窓辺に降りてきた黒猫が金色の瞳でこちらをじっと見つめている。
黒猫が逃げない事を確認しつつ、おそるおそる窓辺に近づき黒猫の鼻先に指を近づけた。黒猫も鼻先を近づけてきてふんふんとしきりに匂いを嗅ぎ、気がすむとじっと金色の双方でアーダルを見つめかえした。
許された気がして指先で黒猫の顎を撫で上げた。
「君は・・・とても触り心地が良いんだね・・・」
確かめようと、もう一度触れようとすると黒猫は逃げるように窓辺の向こうへと消えてしまった。
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episode:0
銀色の天使を見つけたのは偶然だった。
アタシはいつもの散歩道から離れて、教会の塀で昼寝をしようとしていた。
日当たりの良い場所を探して塀の上を散歩しているうちに、窓の向こうに銀色に輝く天使が居るのを見つけたのだ。
微動だにしないものだから「なんだ彫刻か」と思っていたら、突然動き出してどこかへと行ってしまった。
「にゃにゃ!?」
〈動いた!?〉
銀色の動く天使の彫刻が気になった黒猫は、それからたびたび塀の上から天使を覗き見た。
いつ見ても綺麗で、だけど退屈そうに見える。
けどなんだか気になってしょうがない。
そんな日々が何日も過ぎ、どんどん興味を魅かれていった。
こっちを見てくれないか。
なんだかいけない予感はしていたけど。
好奇心に負けてアタシは鳴いてみた。
読書中の本から顔をあげた銀色の天使と目があう。
キョトンとしたあどけない顔でこちらを見ている。そして窓をあけてアタシににこりと微笑んだ。
青い瞳は宝石のように輝いていて、透き通るような声は女性か男性かわからない。
「こんにちは、黒猫さん」
その日からアタシは足繁く銀色の天使に会いに来た。
家に帰りママの膝の上で興奮気味に今日のことを話した。
「ママ!!天使が居た!」
「天使って・・・なんでそんなに嬉しそうなのよ・・・」
魔女であるママは、悪魔である自分の娘に呆れた眼差しを向け、
その傍らで悪魔であるパパは面白そうに微笑んでいた。
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episode:3
初めてアーダルに撫でられてから、何年たったのか、男か女かわからなかった彼はしっかりとしたガタイになり声も低くなった事でやっと「男」だと意識する事ができた。
あの日初めて撫でられてから、徐々に撫でられる回数が増えていき今やアーダルの膝の上でくつろぐまでに慣らされてしまった。
そして今日も天使に会うために塀を駆け上がる。
今じゃディアンの為に窓はいつも半開き状態だ。
窓辺に飛び降りたが、妙な気配を感じて「またか」とディアンは体中の毛を逆立てた。ソファでうたた寝をしているアーダルに「また」キラキラの光の粒子が降り注いでいるのを見つけて、その粒子を追い払うかのように一声吠えた。
「シャーッ!」
〈だからその天使はアタシのだー!!〉
光の粒子はいつものように霧散しては消えなかった。
どうやら「向こう」も今回は諦めが悪いらしい、ディアンは窓辺からくるりんと身を一転させて少女に変身する。
とととっと身軽にアーダルに駆け寄りその身にひしっと抱きつき、そしてまた天に向かって一声吠えた。
「これはアタシのモノだ!!!」
ディアンの覇気に気圧されたのか、やっと今回もまた「向こう」は諦めたようだった。
「ディアン」
名前を呼ばれた時には、逃げる暇もなく太い腕が腰にまわっていた。
反射的に両腕をつっぱりアーダルの胸を押返す。
人型で息遣いがわかる程の距離に居るのは初めてのことだった。
「ディアン、かわいい。」
今まで人型を見せた事がないのにも関わらず、アーダルは自分がディアンだとわかるらしい。何で?とか疑問を感じたが目の前にある端正な顔立ちに改めて見惚れてしまった。
男として成長した相貌に、猫の手では感じる事ができなかった胸板、アーダルの太ももにまたがるように座らされ「これはやばい」と本能的に感じ、するりと腕から抜け出し、あわてて後方に一転し猫に変身する。
落ち着きのない気持ちを静めようと前足で顔を洗った。
「また人の姿になってくれるか?」
毛づくろいしつつ、目だけをアーダルに向けた。驚いた様子は微塵も感じられず、余裕のあるアーダルの表情を見てなんだか面白くないと感じてしまう。反応を返さず毛繕いを終え、もうここに要はないといわんばかりにアーダルに背を向け窓辺に向かった。
「ディアン、君が人でも猫でもかまわない。これからも会いに来て欲しい。」
ディアンは振り向かなかったが、黒いしなやかなしっぽを大きく振って返事を返した。それから瞬きの間にディアンは窓辺から去ってしまう。
アーダルはディアンがただの猫ではないことを知っていた。
なぜならうっかり間抜けなディアンは撫でられる事に慣らされ、ソファで寝こけて変身の魔法が解けてしまったのだ。
ソファで体を広げて寝こけている女の子を目にして、アーダルは密かに歓喜した。
猫の姿で居た時に、時折人の影が重なって見えていたので、ただの猫ではないと分かっていた。
疑いが確信に変わり、アーダルは生まれて初めて心から神に感謝した。
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episode:4
「ディアン」
窓辺に降りた黒猫が、ぴくりと耳を動かした。
いつもなら「にゃーん」とひとつ鳴いて、塀の上から気まぐれにこちらを眺めて去っていく。
けれど今日のアーダルは、いつもと違った。
窓は半分ではなく、きちんと開け放たれている。
ソファの前には毛布が敷かれ、しかもその上には――黒いリボン付きの首輪まで置かれていた。
「……気に入らないなら、つけなくていい。置いておくだけだ」
黒猫は金色の瞳を細めた。
〈なにこれ。……なんで分かってるのに、分かってないフリしてくれないのよ〉
アーダルはソファにもたれたまま、微笑んでいる。
その笑みは祈りの時みたいに清らかで、なのにどこか、悪戯っぽい。
「君が眠ってしまう前に……聞きたいことがある」
黒猫が一歩引いた瞬間、床にまた光の粒が散った。
前回より多い。窓の外から流れ込むのではなく、部屋の空気そのものが淡く発光している。
ディアンは毛を逆立てた。
「シャーッ!」
〈来るな。こいつは、アタシの――〉
だが光は霧散しない。
粒子が集まり、天井近くで“形”を作りはじめた。
翼の輪郭。鈴のように澄んだ音。言葉にならない声。
それを見上げながら、アーダルは静かに言った。
「……また、来たんだね」
驚きはなかった。
むしろ慣れたように、苦笑すら浮かべる。
「祈っていると、時々こうなる。僕が望まなくても」
ディアンは腹の底から嫌な汗が滲むのを感じた。
“向こう”は今回、逃げない。
アーダルを包む光は、まるで抱き上げるように彼の肩へ触れようとしていた。
――その瞬間。
アーダルが、息を吸った。
「やめて」
たった二文字が、部屋の空気を切り裂いた。
祈りの言葉でも、命令でもない。
少年の、確かな意志だった。
光が一瞬、揺らいだ。
「僕は行かない。……ここに居る」
淡い翼の輪郭が震え、鈴の音が細くなる。
粒子は、渦を巻き――ゆっくりとほどけ、静かに消えた。
ディアンは、瞬きを忘れていた。
〈え……? 今、断った? あの“神さまの手”を?〉
アーダルはようやくこちらに視線を落とし、優しく名前を呼ぶ。
「ディアン。君が追い払ってくれていたんだね。ずっと」
黒猫は、逃げるべきだと分かっている。
なのに足が動かない。
胸の奥が、変に熱い。
〈……面倒な天使〉
――違う。
面倒なのは、この銀色の人間のほうだ。
黒猫はくるりと窓へ向き直り、跳ぼうとして――
「待って」
声に縫い止められた。
「君が人の姿でも、猫でも構わないって言ったのは本当だ。でも……一つだけ、お願いがある」
アーダルは立ち上がらなかった。
近づいて、捕まえたりもしない。
ただ、手を膝に置いたまま、まっすぐに言った。
「僕と、話してほしい。言葉で」
黒猫の喉が、勝手に鳴りそうになった。
〈は? 無理。無理無理。だって、あの距離……あの目……〉
逃げたい。
なのに、彼の声には、鎖じゃなくて“居場所”みたいな温度があった。
「君が怖いなら、目を閉じる。……ほら」
そう言って、アーダルは本当に瞳を閉じた。
長い睫毛が伏せられ、祈りの像のように静まる。
その無防備さが、ディアンの心臓を乱した。
〈なんなの。反則だって……〉
次の瞬間、黒い毛並みが光を含んでほどけ、
小さな少女の輪郭に変わった。
床に裸足が触れた。
「……話すの、苦手なんだけど」
震えた声が、自分のものだと気づいてディアンは歯噛みした。
人の姿になると、弱さまで露わになる。
アーダルは目を開けなかった。
ただ、息を殺して聴いている。
「……“向こう”は、アタシたちにとって毒なの。あんたを連れていく。上に、閉じ込める」
「閉じ込める……?」
「そう。教会の檻より、ずっと頑丈な檻に」
ディアンは拳を握りしめた。
「アタシは、あんたが……ここに居る方が、いい」
言ってしまった。
しまった、と思った。
だがアーダルは笑わなかった。
目を開けて、静かに頷いた。
「僕もだ」
その一言で、ディアンの喉の奥がきゅっとなる。
「……外、見たい?」
突然、口から出た。
ディアン自身が一番驚いた。
「森の匂い。夜の風。水の音。……教会の中にはないもの」
アーダルの瞳が、初めて子どものように揺れた。
「……見たい」
言った直後、彼は小さく付け足す。
「君と一緒に」
ディアンは、思わず顔を背けた。
〈ばか。ばか。そういうの、ずるい〉
窓の外で風が鳴る。
遠く、鐘の音がひとつ。
ディアンはリボン付きの首輪をちらりと見て、ため息をついた。
「……今夜だけだよ。騒いだら置いてくから」
「うん。静かにする」
「“うん”じゃない。誓いなさい。あんた、神の子なんでしょ」
「誓う。――ディアンの秘密も、僕の秘密も。誰にも言わない」
ディアンは小さく頷いた。
そして胸の奥で、悪魔の血が笑った。
〈……これ、絶対面倒なことになる〉
でも同時に、ほんの少しだけ――
〈……楽しみ〉
そう思ってしまったのだ。
“楽しみ”が胸の奥で小さく跳ねて、耳の裏まで熱くなる。
遠くで鐘がひとつ鳴り、夜が静かに合図を送ってきた。
窓の外、夜は深く、優しく広がっていく。
最後まで読んでくださりありがとうございます。




