表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔剣恋歌  作者: かわせみ
21/22

復讐の終わり

 ヴェインは、リューンの遺体を埋葬した後、エポルエ城に向かった。


 ヴェインがリリスの前に姿を現したとき、リリスはリファイスの命を奪ったところであった。リファイスは禁呪を放とうとしたのだが、リリスの剣(元々使っていた剣はソロムに折られてしまったため、今使っているのはソロムの剣である)がそれより早く、彼を貫いたのだ。


 キークを死なせてしまったことがよほど堪えていたのだろう、リリスはヴェインと再会する前の、生気に乏しい、冷たく無表情な顔で、剣に付いた血を拭っていた。


 そんなリリスにヴェインは優しく声をかけた。


「リリス、良く頑張ったね」


 ヴェインの声を聴いて、慌てて振り向くと、リリスは今にも泣きだしそうな顔をした。沢山辛い想いをしたのだろう。


 その、最初の雫が落ちる寸前の、切なげな表情に、狂おしいほどの愛しさを感じながらも、ヴェインにはもう、彼女を抱きしめてやることはできないのだ。


 走り寄ろうとするリリスを、ヴェインは手で制止した。リリスが怪訝な顔をする。


「さあ、リリス、後、もう一頑張りだ。最後の一つを、取り戻さないとね」


 ヴェインの言葉に、リリスの中で、嫌な予感が急速に膨らんでいく。そしてその予感は、悲しいことに完全に的中した。


「最後の《家紋》は、ここだよ」


 ヴェインのその言葉で、リリスは再び催眠状態に陥った。最愛のヴェインを、殺すべき敵と認識する。そして、リリスは持てる力の全てをもって、ヴェインを滅ぼしにかかった。


 唸りをあげた斬撃は、しかし、突如現れた美しい剣、アスタルテによって、こともなく弾き返された。


 人に握られてもいない剣が自分の斬撃を防いだことに、催眠状態のリリスは驚いたりしなかった。ただ事実を事実として認識して、攻撃の手を緩めない。が、二度、三度と死角を求めて繰り出した剣はいずれもヴェインの身体に届かなかった。


 剣だけでアスタルテの防御を崩すことができないと分かるや、リリスは速やかに攻め方を変えた。相手の剣は一本しかないのであるから、同時に防げる攻撃は一つだけのはず、そう判断したのだろう、やや離れた位置からヴェインの顔目掛けて短剣を投げると同時に、胴に刺突を放った。


 アスタルテは慌てるでもなくヴェインの身体から離れ、短剣を叩き落とすと、生じた時間差を利用して刺突をも防いだ。のみならず、勢い良く踏み込んできたリリスの首を薙ぐ。


 リリスはこれを剣で弾こうとしたが、アスタルテはリリスの剣をすり抜ける。


「危ない!」


 思わず叫んでしまったのはヴェインであった。が、リリスはヴェインよりも冷静に、倒れ込むようにしてこれをかわす。と同時に、ヴェインの足に鋼線を巻き付けようとしたが、これはアスタルテに断ち切られた。転がるように立ち上がり、体勢を立て直す。


 短剣よりも更に視認の難しい含み針を用いて同じことを試みたが、これもアスタルテには通用しなかった。


 これだけ攻撃を防がれても、リリスに動揺の色はない。動揺しているのはヴェインである。


(ああっ、心臓に悪い)


 もし、リリスの死を見ることになりでもしたら、自分は発狂するかも知れない、そんなことを考えてしまうヴェインであった。が、そんなヴェインの心配をよそに、闘いは続く。


 催眠状態のリリスは、アスタルテの特性をほぼ正確に把握していた。この剣は、ヴェインに害を及ぼすあらゆる物理力を防ぐらしい。人を相手にする時のような心理戦は通用しないようだ。


 それなら、剣自体を壊してしまえばよい。リリスは自らの持つ最大威力の技で勝負に出ることにした。それは、シンシアから盗んだ居抜きであった。


 一旦、間合いを離し、納刀する。アスタルテは、ヴェインから離れない。じっくりと気を溜めて、必殺の一撃を練る。のみならず、ここでリリスは奇策を弄した。剣が衝突すると予想される地点に、あらかじめ死角から火薬の入った瓶を投げておいたのである。そして、それに合わせて裂帛の気合いと共に剣を居抜く。


 踏み込み、抜刀、斬撃が刹那の内に連なる。大気を裂く鋭い音、硝子瓶の割れる音、刃と刃のぶつかる音、そして、爆発音……。


 しかし、甲高い音と共に砕け散ったのはリリスの剣のみであった。しかも、リリスは反作用で身体ごと弾き飛ばされた上、柱に頭を強くぶつけて気を失ってしまった。


 やはり、無理だったのか。多くの者を巻き込み、死なせた結果がこの様だ。


 あのソロムを、魔術を使わずに倒すことのできるリリスであれば、アスタルテの鉄壁の防御を突き崩してくれるのではないか……ヴェインはそう期待していたのであるが、そんなヴェインの思惑は外れた。


 《神狩り》の末裔リリスの、その天才的とも言える戦闘本能をもってしても、アスタルテを持つヴェインを殺すことは愚か、傷つけることすらできなかったのである。


「あはは、はは……は」


 滑稽だ。あまりに無様だ。自分の道化ぶりに呆れ果て、壊れた笑い声を漏らしながら、ヴェインはアスタルテに帰還を命じた。


 気を失っていたのはほんの数瞬であったのだが、意識を取り戻したリリスは催眠状態から回復していた。立ち上がり、ふらつきながらも、彼女を見つめていたヴェインに近づいてくる。


 頭をぶつけた際に口の中を切ったのだろうか、リリスは口の端から一筋の血を流していた。その様が妙に艶めかしい。妖しくも美しい、吸血鬼のイメージだ。ヴェインは全てを忘れて見惚れた。


 この時、リリスの中にあったのは、ヴェインに対する純粋な恋慕の情のみであった。そんなリリスを、アスタルテももはや敵とは判断し得なかったのだろう。


 何者にも阻まれずにヴェインに近づいたリリスは、無言で彼にキスをした。


「っ……」


 それは深いキスだった。夢中で舌を絡めるリリスに、ヴェインは何も言わない。いや、何も言えない。リリスのキスがもたらす甘美な快楽と蜜のような血の味、そして灼けつくような激痛――リリスの体液に含まれた猛毒がもたらす激痛だ――の中、ヴェインは自分の意識が闇に墜ちていくのを心地よく感じていた。


***


 戦場からエポルエに戻ってきたシンシアは、込み上げてくる不安に走り出していた。胸が早鐘を打っている。どうして嫌な予感だけはこんなにも当たるのだろう。これは奇しくも、先刻リリスの感じた不満と同じものだった。


 急ぎ向かった謁見の間で、シンシアはキークとソロムの死体を見付けた。


「ちょっと、嘘? 嘘でしょ? キーク、しっかりしなさい」


 言いながら、遺体に駆け寄り、既に冷たくなってしまっている、可愛い弟の体を揺する。当然、返事はない。


「起きなさい! 起きて、お願い、目を覚まして……」


 口にしたものの、それが不可能であることをシンシアの理性は理解していた。今自分は真っ青な顔をしているだろう。シンシアは自分の血の気が引いていく音を聞いた気がした。


 人の死を見たのは初めてではないし、それどころか、自らの手で数多くの人を殺めてきたシンシアである。なのに、何故、肉親であると言うだけで死がこんなにも衝撃的で、悲しいのだろうか。


 弟が既に目を覚まさないことを知って、今度は、ふらつく足を引きずってソロムの元へと近づき、彼にも同様に呼びかける。が、やはり返事はなかった。


 シンシアにとって、初めての、親しい者の死であったが、彼女は必死に泣くのを堪えた。まだ、泣けない。自分のなすべきことがあり得るのなら、まだ泣くべきでない。


 涙を堪え、シンシアは父の私室へと重い脚を引き摺った。


 だが、既に、シンシアになし得ることは何もなかった。頼りない足取りで辿り着いたリファイスの私室でシンシアが見たのは、自ら作った血溜まりに息絶えた父と、眠るように安らかな顔で倒れているヴェイン、そして、彼に泣きながら縋り付くリリスであったから。


 何が起こったのかは瞬時に想像できたが、リリスが罪を犯す現場を見ていないことが、シンシアから仇討ちという選択肢を奪った。


「ヴェイン、ヴェイン……嫌だよ、逝かないで。リリスを……1人にしないで……」


 あれほど無口で、極端に感情を表に出さなかったリリスが泣き叫んでいる。


 シンシアも悟った。もう泣くのを我慢する必要はないのだ。涙を堪えるのをやめ、シンシアも泣き崩れた。


『大人の女性にとって、涙は魅せるものなのであって、溺れるものではないんだよ』


 いつかア・イズミに叩いた無知な軽口が寒々と脳裏をよぎる。「大人の女性」を自称する自分が、最後に泣いたのはいつだったろうか。


 どれほどの時が経ったのか、泣き疲れ、いつの間にか寝てしまっていたシンシアが気付いたときには、既にリリスの姿はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ