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魔剣恋歌  作者: かわせみ
18/22

防衛戦

 シンシアの帰還からしばらくの間、エポルエ城では比較的平穏に毎日が過ぎていた。


 リリスについて指名手配を出し、城の警備を厳重にしてはいたものの、それ以上どうすることもできなかったからである。


 しかし、それも嵐の前の静けさに過ぎなかったのだろう。ある日突然、事態は急激に変化した。エポルエ城に一頭の早馬が駆け込んだのだ。それはサアラの訃報をもたらす早馬だった。


 報告を受けたリファイスはソロム、リューン、ア・イズミ、シンシアを呼んだ。一同が集まると、リファイスは早速口を開いた。


「昨日、サアラが殺された」


 端的な事実に、重い空気が立ちこめる。予想できていた事態であるだけに、場にやるせない空気が漂う。


「犯人は、分かっているのですか?」


 あくまでも確認のつもりで、ア・イズミが尋ねた。


「まず間違いなくリリスだろう。サアラの死体の側でよく似た風貌の少女が目撃されている」


 重苦しく、リファイスが答える。驚くには値しないことであった筈なのだが、シンシアの受けた衝撃は少なくなかった。


(まさか、本当にリリスがサアラ様を殺すなんて……)


「何にせよ、次は儂と、ソロムの番だ。厳重な警戒を心がけてくれ」


 リファイスの言葉に皆が頷く。が、その指示は実行に移されなかった。今一つの凶報がこの場に届いたからである。


「た、大変です。ラミス王国の軍勢が国境を越えてわが国に侵入してきました。その数、およそ五千!」


 慌てて駆け込んできた兵士が息も絶え絶えに言う。一同に動揺が走る。


「くっ、こんな時に……」


 リファイスが歯噛みする。この状況を一番不服に思っているのはリファイスである。何故なら、リファイスはソロムほどの戦闘能力を有しておらず、自力でリリスに抗しうるとは自分でも考えてはいないからである。


 その点、ソロムは平然としている。いかなる状況に置かれようとも、自力でリリスを退ける自信が彼にはある。


 それでも、その後のリファイスの判断は素早かった。彼はソロム、リューンを側に置き、シンシア、ア・イズミの両名にラミス軍の迎撃を命じたのである。


 仮に、城に攻めてくるのがヴェインであるなら、リファイスはソロムよりもシンシアを側に置いただろう。改心は望めないまでも、少なくとも無差別の破壊行動を抑止することは期待できるからだ。


 また、エポルエに攻めてくるからには、ラミス軍には禁呪への備えがあるのだろうし、或いは敵も禁呪を使ってくるのかも知れない。とすれば、迎撃に際して、魔法の使い手は多い方が良く、その点、白兵戦も魔法戦もこなせるシンシアは適任だった。


 しかし、リファイスの判断は結果としてヴェインの計算通りとなってしまった。それは、至極理に適った判断であったのだが、だからこそ、ヴェインの予測を越えることはできなかったのである。

 

 ともあれ、こうして、一同は解散した。皆、自分の役目を果たすべく動いて行く。そんな中で、リューンだけは一度自室へと戻った。暫し一人きりになりたかったのだ。サアラの死には、後悔も悲しみもあった。が、涙は出なかった。それにも増して深い憎しみと怒りが彼を支配していたからだ。


「ヴェインめ……、殺してやる」


 リューンは我知らず、抑えていた呪詛の呻きを口にしていた。


***


 その後、シンシアとア・イズミはすぐに二千の兵を率いて城を出た。


 何も、少数で多数に当たる愚を犯そうというのではない。先発部隊より少し遅れて更に一万の兵が続くことになっている。魔術による攻撃、それも不意打ちに近い禁呪による攻撃を中心戦術とする為には、できるだけ接近を気付かれない少数での行動が望ましい。


 そこで、先発の部隊を少なくし、禁呪による攻撃が防がれた場合に備えて、更なる兵を派遣しているのである。


 シンシアの放った斥候がラミス軍を見付けたのは、彼女たちが城を出てから三日目のことだった。彼らは既に幾つ目かの村で、略奪を行っていた。


 シンシアは敵に見つからないように、自軍の兵を遠ざけ、ア・イズミと二人でラミス軍が村から動くのを待った。ちなみにア・イズミはその存在を気取られないように輝く赤い髪を帽子で隠している。


 村を戦場にすれば、兵士だけでなく、村人にも大きな被害が及ぶため、禁呪は使えない。辛いことではあったが、略奪を黙認する方が村人達への被害は小さいと二人は判断した。


 丸一日、略奪を行って、ようやく、ラミス軍は村から動いた。シンシアは後のことをア・イズミに任せ、兵を率いに戻った。


 ア・イズミは慎重に距離を測り、村に被害の及ばない位置まで敵を引き付けてから、禁呪攻撃を仕掛けるつもりであった。


 ア・イズミは、敵が当然防御策を講じているものと思っていたのだが、何を考えているのか、敵は禁呪を警戒しているようには見えない。エポルエに攻め込むつもりなら、できる限り時を要素とする四次元の防御魔法を準備しながら動くべきであるのに、彼らはそれを怠っているのだ。


 時を要素とする四次元の魔法陣は瞬時には展開できないため、これでは、五次元の禁呪を防ぐことはできない。今まで散々痛い目を見てきているのに、何故このような軽挙に出たのか……。


 怪訝に思いながらも、民を略奪されたア・イズミに手加減してやる義理はない。


 ア・イズミは、敵が村に被害の及ばない位置まで移動したことを確かめると、自己のもてる最高威力の魔法陣を描いた。空間的な広がりをもつ三次元の魔法陣に、時間、色彩という2つの要素を加えた、五次元の美しい魔法陣だ。


 魔法陣を構成する各魔法文字に固有の色を与えることで縦、横、高さ、時間に次ぐ魔法陣の第5の要素となすことができるということは、理論的には広く知られている。


 しかし、それを実行するには並外れた想像力が必要であり、エポルエにあってもこれを実行できる者は《聖女》サアラ亡き今、ヴェインとア・イズミ、それにリューンだけである。


 魔法技術で劣る他の国では、言うまでもなく皆無であろう。それらの国では、四次元の魔法陣どころか、三次元の魔法陣を瞬時に描けるだけでも宮廷魔術師として遇されるのであるから。


 加えて言うなら、各魔法文字に固有の音を与えることで魔法陣の第六の要素とできることをヴェインは発見しており、これは理論的にも殆ど知られていない。


 ア・イズミはこのことを師から教えられていたが、まだ実践できるまでには至っておらず、従って六次元の魔術を行使できるのは今のところヴェインだけである。


 敵兵の数は報告通りおよそ五千。ア・イズミは、静かに魔法陣に意識を集中し続ける。時間の要素を大きくすることで魔法陣の規模を大きくし、一撃で壊滅的な損害を与えられるまで威力を高めているのだ。


「太陽の欠片!」


 ア・イズミは高めた魔力を一気に解き放った。その際に、魔術に付された名前を叫んだのは別に格好をつけたわけではなく、この名前が、この魔術の暴発を防ぐための防御の魔法陣と関連づけられているからである。


 禁呪クラスの大魔術に限らず、魔術を行使した後は、どれ程優れた術者でも一瞬気が抜けるものである。そうした隙を補うためにヴェインが考え出した、これは工夫であった。


 ア・イズミの放った禁呪は、その名の如く沈みかけた陽が再び南中したかのように辺りを照らす。「太陽の欠片」は、敵軍の大半を飲み込むように爆発し、中心にいる少なくとも数百人を蒸発四散せしめるはずであった。


 しかし、予想していた爆発は起こらない。それどころか、光球はいきなり掻き消えてしまった。


「嘘!? 防がれた!?」


 ア・イズミが思わず呻く。


 およそ有りうべきことではなかった。五次元の攻撃魔法を防ぐには少なくとも四次元の魔法陣が必要なのであるが、時間を要素とする魔法陣を、攻撃魔法の発動後に描くことは不可能である。

だから、魔法陣を準備していない相手に対する五次元の禁呪は、他国の軍を相手にする限り、いわば必勝手と言えるのである。


 これを防ぐには、瞬時に、つまり、時間を要素としないで、四次元以上の魔法陣を描くしかない。換言すれば、五次元以上の魔術を行使できる者の存在が必要となるのである。


 確かに、ア・イズミが知らなかっただけで、敵軍にも優れた術者が存在するという可能性がないわけではない。しかし、そんな極小の可能性よりも、もっと合理的な推論がア・イズミの脳裏には浮かんでいた。


 そう、ア・イズミは気付いたのだ。このタイミングの良すぎるラミス軍の侵攻は、ヴェインが裏で糸を引いたものであるということを。


 何にしても、先刻の攻撃でこちらの位置はばれてしまった。敵軍がこちらに向かってくる気配がある。ア・イズミはシンシアと合流すべく、馬を走らせた。


***


「えぇっ!? 防がれたの?」


 シンシアと合流したア・イズミは、シンシアにだけ聞こえるようになるべく小声で話したのだが、シンシアの返事は大きかった。すぐにばれることではあっても、兵の士気を考慮していないのだろうか。ア・イズミは頭を抱えた。まあ、その心配は杞憂に終わりそうだ。兵達はどうやら、シンシアに(中には、ア・イズミに、という通好みの者もある)いいところを見せられると喜んでいるようであったからだ。


「それって、あの五次元の凶悪な奴でしょ?」


 ア・イズミが頷く。


「じゃあ、やっぱり……ヴェイン師の仕業だよねぇ」


 シンシアも気付いたようだ。


「ええ、おそらく。そして、師の目的は……」


「うん、多分ボクたちを城から引き離すため、だよね」


 2人は頷きあった。


「でも、今は、ラミス軍をどうするか、ですね。シンシア、どうします? 援軍を待ちますか?」


 援軍が到着するのはおそらく夜が明けてからであろう。それまでに、更に民間人に被害をだすことだけは避けたかった。


「ううん、戦おう。ヴェイン師の狙いは、ラミス軍を勝たせることではなく、僕たちをここに足止めして、時間稼ぎをする事でしょ? なら、一瞬で勝負を決める禁呪を防ぐ以外の手助けをするとは思えないもん。きっと勝てるよ。みんなボクに力を貸してくれるよね」


 シンシアが大声で兵士達に尋ねる。おおー、と凄まじい歓声が沸き起こった。


 ラミス軍は、ア・イズミを追って、もうそこまで来ていた。シンシアとア・イズミは簡単に作戦を立て、戦闘態勢に入った。


 エポルエ軍が強い理由、それは禁呪の威力もさることながら、魔術が白兵戦における集団戦術として取り入れられている点に求められよう。この戦いでも、それが活きた。


 まず、シンシアの率いる、敵と接触する前衛の兵士達は、エポルエで荷物運びなどにも日常的に用いられる、物理的に押す力を生み出す魔術を行使する。


 これは、二次元の魔法陣でも充分な効果を望める上、ある程度の腕があれば瞬時に描ける平易な魔術である。多人数が多人数を対象として時を近くして行使する多数の魔術を1人で防ぎきることは、いかなヴェインであっても不可能であろう。


 この魔術によって、敵陣の先頭を押せば、後方も将棋倒しにバランスを崩す。敵がバランスを崩したところに突撃すれば、労せずして敵を倒せるというわけである。


 敵が体勢を立て直しそうになったら、再び同様の魔術でバランスを崩させる。これを繰り返すのである。

 あからさまな火球の魔術などは自軍にも燃え移る恐れがあり、接近戦では使いにくいし、鎌いたちや氷球といったその他の攻撃魔法も盾で防がれてしまう恐れがあるが、この魔術ならそういった恐れもない。


 これに対して、ア・イズミの率いる、敵と直接刃を交えられない後衛の兵士達は、敵陣の奥深くに火球を中心とした攻撃魔法を放っていく。


 エポルエ軍の、遊兵のでない効率的な用兵に対し、ラミス軍の動きは極めて拙劣であった。そもそも、魔術を絡めた戦術に対する策が練られているとは思えないほどの無策ぶりである。それもそのはず、アスワンが送った兵達は、文字通り、捨て駒であったのだ。


 ラミス軍の兵士達はなされるままにバランスを崩し、或いは焼かれ、混乱していった。そんなラミス兵を、エポルエ兵は容赦なく屠って行く。


 その中でも、やはり、シンシアの働きは際だっていた。シンシアはまさしく月の女神であった。剣閃がさながら狐月の如く、血煙の雲をまとい煌めくその都度、敵の命は月へと召されていく。


 そんなシンシアの前に立ちはだかる一騎があった。堂々たる体躯に、一般兵とは異なる飾り気の多い鎧、おそらくはこれが敵将であろう。この男が敵将であるとすれば、こちらの戦術への対応はお粗末と言うより他無かったが、少なくとも個人的武勇には長けているようだ。この劣勢にも関わらず、戦斧を縦横に振るって、たった一人でエポルエ軍に少なからぬ損害を強いている。その男が、シンシアに襲いかかった。


 男は咆哮を轟かせつつ戦斧を振りかざす、が、シンシアはそれが振り下ろされるまで待ってやったりはしなかった。


 喉を狙って、予備動作もなく神速の刺突を繰り出す。男は反応することもできない。祈りの言葉を口にする時間も与えられず、男の命は月へと捧げられた。まさに一瞬の出来事であった。


 その男はやはり敵将だったようだ。その男の死と同時に敵軍は逃げ崩れ始めた。が、ア・イズミはそれを黙って見送るような真似はしなかった。シンシアに自軍による追撃を止まらせた上で、敵軍が充分に離れたことを確認し、再び禁呪を放つ。


 ヴェインは既にこの場から去っているのだろう、流石にこれは防がれなかった。千に近い敵兵が一瞬で蒸発し、その倍以上が火だるまになって重度の火傷を負った。


 後発の兵1万に追撃させれば、生きて帰れる者はほとんどいないであろう。惨い気もするが、実際に攻め入った兵士達だけではなく、派兵を決めたラミス国王に対して、エポルエを攻めるということがどういうことなのか、徹底的に恐怖心を与えておく必要があるのだ。


 こうして、シンシアとア・イズミはラミス軍の侵攻を退けた。が、2人はそれを手放しに喜ぶことができなかった。自分たちがヴェインの掌の上で踊っているに過ぎないことを自覚していたからである。 

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