プロローグ
「僕は君を愛しているんだ」
唐突に、ヴェインは目の前の少女に向かって囁いた。よく通る、低音の美声だ。やや細身で中背ながら、端正な顔立ちの彼は、女性から想いを寄せられることも多かったが、30手前というこの年にもなって、浮いた噂の一つもなく、世間からは女性に興味のない変人と思われていた。そんな彼の告白は、言葉の響きにも、少女を見つめる眼差しにも真摯さが感じられる。
その告白に、だが、少女は答えない。それどころか、表情一つ変わらない。ヴェインは気にする風もなく、いや、寧ろ少女の返答になど興味がないとでも言うように、独り、続ける。
「愛する君を手に入れる為に、僕は何だってするし、何者をも犠牲にするだろう……。人死が出るかも知れないし、或いは、発狂する者もいるかも知れない。それは1人だけかも知れないし、万人を越えるかも知れない。良く知った者かもしれないし、名も知らぬ誰かかも知れない……。それでも僕は、君を手に入れたいと思う。君に、自らの全てを捧げたいと思う」
少女は、やはり答えない。ただ、ヴェインを見つめるその眼差しは、彼の言葉を悲しんでいるようにも、哀れんでいるようにも見えた。
ふと、ヴェインの脳裏に、そんな勝手なことは許されないと強くヴェインを責める、ある人物が思い浮かんだ。彼の弟子であった彼女とは暫く会っていないが、彼女が彼のしようとしていることを知れば、きっと阻止しようとするだろう。
「まぁ、許されない、と言われても、どうしようもないんだけどね」
ヴェインは軽く肩をすくめ、苦笑した。何気ない口調には、強い意志が感じられた。最悪の場合には彼女すら犠牲にせざるを得ないだろうが、それでも、できることなら彼女には知られたくないと思ってしまう彼だった。
人は彼を、悪魔と呼ぶかも知れない。狂人と呼ぶかも知れない。何と呼ばれようと、誰に忌み嫌われようと、彼は、少女を手に入れるだろう。そして、少女に自らの全てを捧げるのだろう。
何を犠牲にしても、誰を犠牲にしても。
そのために必要な力を、彼は有しているはずだった。




