第九四話:世間話(前編)
「……それなら、お父様たちのお話を聞かせていただけますか?」
琴葉が目を輝かせる。土御門は苦笑した。
「優一様と明葉様、ですか。……まあ、職務については、他の者と変わりませんよ。役職が高かったので、前線に出られる機会は少なかったのですが……桜花の責務は、きちんと果たしておられました」
佐藤と焼津は上司の言葉に、何ともいえない顔をする。彼は口にしていないが、桜花の当主とその妻は、仕事より権力争いに注力していた。そのことを知っている彼らは、さりげなく視線を逸らす。両親に真っ直ぐな尊敬の気持ちを抱いている娘の姿は、彼らにとっては目の毒だった。
「……とはいえ。やるべきことは、しっかりなさる方々でしたよ。私も尊敬しておりました」
ただ、土御門は別だった。細かいことは説明せず、彼は笑顔で、当たり障りない話をする。その姿には、部下たちだけでなく、玲哉と神々も感心したほどだ。純粋な琴葉は、それを丸ごと信じて微笑む。
「そうなのですね。……私も、お父様方のようになれるでしょうか」
「琴葉さんなら、問題ないと思いますよ。……もし、あなたが望むなら。神祇省の職員として、正式に採用いたしますが」
「それは駄目」
土御門の言葉に、琴葉が何かを言う前に。机に座る暁明が、即座に口を挟んだ。
「こんな場所に、琴ちゃんを所属させるわけにはいかない。僕も宵闇も、そんなことは許さないよ」
冷たい言葉に、土御門が目を細める。彼は少しだけ、低い声で返した。
「守るというより、閉じ込めているようなお言葉ですね。ですが、そこに琴葉さんの意思はあるのですか?」
狐と男が睨みあう。琴葉は慌てた。
「え、ええと、その……私は、守っていただけていること自体は、嬉しく思っておりますよ?」
「……そういう話ではないんですよ」
見かねた玲哉が、話に加わる。彼は穏やかな、けれどしっかりとした声音で続けた。
「神々が、あなたを囲いこもうとしていることは事実です。ですから、あなたが外に出たいのなら。それはハッキリと、主張するべきだと思います」
「……? 今でも外には出られていますよ?」
琴葉は不思議そうにした。狐が満足げに笑う。
「ほらね。琴ちゃんは、今のままで良いんだよ」
「……分かりました」
土御門は、言いたいことを飲み込んだ。何を言っても、彼女には伝わらないと理解して。彼は玲哉の方を見る。
「では、あなたはそれを、どのように思っているのです? 私が聞いた話では、琴葉さんは橘花の婚約者であるということでしたが。正式な届け出は、まだですよね?」




