第九一話:神祇省(前編)
「どうせなら、あちらから迎えにきてもらいましょう」
玲哉はそう言って、政府に電話をかけた。受話器を取ったのは佐藤。少年から話を聞いた彼は、少し黙った後に言う。
「……お話は分かりました。すぐに向かいます」
彼は自分の言葉を違えず、すぐに部下を連れて、橘花の屋敷まで来る。玲哉と共に彼らを待っていた琴葉は、玄関前に来た車を見て表情を和らげた。役人たちが、車から下りて玄関まで入ってくる。
「お疲れ様です、佐藤さん。焼津さんも。昨日はお世話になりました。結局ご挨拶もできないままで……」
「……いえ、あなたが気になさるようなことではありません。我々の方こそ、あなたに何も言わず、帰らなければならなくなって……」
佐藤はいつもと同じ、仏頂面のままで言う。その眼前に、狐火が出現した。琴葉が驚き、目を見開く。
「……暁明様?」
彼女の足先。床を歩く彼は、その問いには答えずに、役人を見上げた。
「君は知ってたの?」
「……何をでしょうか」
神の怒りを肌で感じて、彼は冷や汗をかく。小さな生物は、冷たい声で続けた。
「君の上司がやったこと」
「身に覚えが無いのですが」
「……ふうん、そう」
狐は彼の周囲を回って、呟いた。
「……まあ、君たちは術者でもないからね。その言葉を信じるとしよう」
やがて。彼はそんな結論を出し、琴葉の下に戻ってくる。そして一気に飛び上がり、定位置に着地した狐を見て、佐藤は安堵の息を吐いた。
「……何が何だか分かりませんが。ともかく我々は、お2人を神祇省までご案内すればよろしいのですね。そういうことなら、お任せください」
丁寧に頭を下げた男に連れられて、2人は彼の車に乗る。助手席に座った焼津が、シートベルトをしながら聞いた。
「……それで、あの人はまた、何をなさったんですか?」
「それが、私にもさっぱり。玲哉さんと神様方が警戒されている理由も分かりませんし……」
「ああ。それはまあ、妥当なことかと。我々の上司……神祇省の長官は、実力は確かなのですが、性格的には問題があるので」
苦笑しながら返す琴葉に、焼津は淡々とした声で告げた。彼女は前を見つめながら、言葉を繋げる。
「琴葉さんも、あの人相手に遠慮していたら、何を頼まれるか分かりませんよ。断るべきだと思われたら、ハッキリと仰ってくださいね」
「……は、はい。そうします」
普段はあまり主張しない彼女に、真顔で念を押されて。琴葉は首を傾げながらも頷く。玲哉はその横で、渋い顔で腕を組んだ。郊外から中心部に向かって、車はゆっくりと進んでいく。そうして40分ほどかけて、佐藤の車は、皇居の中にある神祇省の庁舎に着いた。




