第九話:どうしたいか、どうなりたいか(後編)
「では、まずはお名前をどうぞ。お狐様を連れていらっしゃるということは、桜花家の方ですね?」
「……はい。桜花琴葉です」
「ふむ、琴葉さん……」
手元のリストを、上から1行ずつ確認して、男は眉間にシワを寄せる。
「失礼ですが、本家の娘様ですか? こちらの資料では、視ることも祓うこともできないとされている……」
「あ、それは……」
「今はどちらも可能だよ。それに、彼女は宵闇様と暁明様の双方から気に入られてる。龍脈の調査、なんて……そんな雑用をさせてはいけないんだ。本来なら」
事情を説明しようとした琴葉を遮って、玲哉が代わりに話す。男は表情を変えず、リストの余白にペンを走らせた。
「なるほど。では、こちらの情報を修正しておきます」
その手元から、琴葉の方に視線を移して。今まで黙っていた、女性の方が口を開く。
「……ご挨拶が遅れましたね。私は政府役人の焼津です。隣にいるのは上司の佐藤。以後、よろしくお願い致します」
「え、ええ、こちらこそ……」
淡々とした態度に、女は面食らいながらも挨拶を返す。机の上に座っていた狐が、呆れ顔で言った。
「用は終わった? なら、さっさと帰ってくれないかな」
「……すみませんね。こちらにも手続きというものがありまして」
佐藤はため息をつきながら、数枚の書類を揃えて出す。
「琴葉様。ここに署名をお願いします」
書類の横にペンを添えて、彼は琴葉の目の前に置く。彼女は黙ってペンを取り、1枚ずつ名前を書いていった。その横で、玲哉の体が青い光に包まれて溶ける。
「……お前たちのやり方は、相変わらず回りくどいな」
呟く姿はいつの間にか、宵闇のものとなっていた。琴葉が署名を終えたのを確認して、彼は彼女に手を伸ばす。
「まあ、俺にはどうでも良いことだ。それを持って、すぐに立ち去れ」
「……言われずとも」
佐藤は返却された書類とペンを鞄にしまって、焼津と共に立ち上がる。そして2人は、頭を下げて出ていった。その姿を目で追う琴葉に、狐が近づいて声をかける。
「さて、琴ちゃん。予定外のことがあったけど、これでようやく休めるね」
「……はい、暁明様」
女は首を縦に振って、狐をその手の上に乗せる。そして、すぐ側にいる男を見上げた。
「宵闇様も、ありがとうございます。2度も私の望みを叶えてくださって……」
「何。この程度、大したことではないからな」
宵闇は笑って、彼女の額にキスを落とす。狐は冷ややかな眼差しを、2人に向けた。そして、また。宵闇の内側で、玲哉も自らの意志とは別に動く自分の体を、透明な瞳で見つめていた。




