第八八話:人形
「……いやあ、しかし。俺も舐められたものだねえ」
一方で。電話を置いた土御門は、苦笑と共に呟いた。
「あれで誤魔化せてると、本当に思っているのかな。……まあいいか。どうでも」
彼は手元に、白い紙を用意する。そしてそれを、人の形に切り抜いた。
「行っておいで。くれぐれも、神には近づかないように」
切り抜かれた紙は、フワリと浮く。意思を持ち、術者の意のままに動くそれは、人形と呼ばれるものだった。彼は窓を開けて、外へ出ていくそれを見送る。
「彼の目は我が目なり、と……」
宙に浮き、空を滑るように移動する人形。彼は、自分の視界をそれと繋げた。眼前に、ビルが立ち並ぶ街の風景が見える。
(……桜花にいないなら、橘花の方だ)
思考を伝えて、人形を動かす。東京の郊外。駅の近くに建てられた、大きな屋敷を彼は目指した。
(さて、ここからはどうするか……)
屋敷の真上。結界の外で、人形は止まる。無理やり抜けることはできるが、それでは確実に気づかれるだろう。
(となるとやっぱり、擬態かな)
白い紙が、小さくなる。腕と足が縮んで無くなり、全体が丸みをおびて、全体が濃い緑色に変わった。こうして橘の葉をかたどった紙は、風に乗って結界を抜ける。
(……よし、まずは上々……)
土御門は詰めていた息を吐きながら、庭から屋敷の方を見る。有害なものを自動で弾くシステム……結界は騙せても、神に見つかればそれで終わりだ。彼らの目を欺くことはできない。
(琴葉ちゃんは、どこに居るかな)
葉っぱの形の人形は、風に吹かれて網戸の隙間から家の中に入りこむ。そして、どこにでもいるような侍女の姿に変化した。
(ええと、当主の部屋は……)
侍女となった人形は、足音を立てないように廊下を歩く。静まり返った屋敷の最奥。大きな部屋の前まで来て、彼女は足を止めた。部屋は暗く、廊下に通じる障子はキッチリと閉められている。
(……ここか)
人形は、音がしないように少しだけ障子を開けて、中を見た。2人の人間が寄り添って、1つの布団に入っている。その枕元には、狐が丸まって寝そべっていた。
(随分と仲がいいんだな。……これ以上は、近づけないか)
人影は障子を元に戻して、ため息をつく。玲哉は眠っているとしても、その内にいる神は別だ。彼には休む必要などない。今は眠っているように見えた動物も、本質は同じ。何かが起きれば、すぐに対処するだろう。
(焦ることはない。ここまで来たなら、いつでも接触する機会はあるはずだ)
故に。彼は人形との接続を保ったまま、その場を離れる。彼らに気づかれないように、彼女と接触する方法を考えながら。




