第八七話:後悔
そうして、2人が家から出た直後。桜花家の電話が、鳴りだした。
「はい、もしもし。桜花ですが」
八葉は姪を追い出した後だということはおくびにも出さず、明るい声で電話に出る。そして、相手が名乗った瞬間に、彼女は声を弾ませた。
「……まあ。土御門様ですか? これはこれは。いつもお世話になっております」
「こんにちは。お忙しいところ、すみません。……琴葉さんに、代わっていただけますか?」
電話の向こうにいる男は、穏やかだが隙のない声で言った。八葉が固まる。
「ああ、いえ、琴葉は……今は休んでおりまして」
まさか、そこに居ないとは言えなくて。女は結局、嘘をついた。彼女にとっては幸いなことに、男……土御門は、その言葉を聞いて納得したような声をだす。
「……確かに連日、儀式が続いていますからね。疲れてしまうのは仕方ない。僕としても、彼女に無理をさせてしまうのは本意ではありません。本日は諦めましょう。……また今度、かけ直します」
「……っ、お待ちください!」
慌てたのは八葉の方だ。彼女は相手のことを知っている。稀代の術師にして、土御門家の後継者。まだ年若いのに神祇省の長官に任命された天才だと。
「……もしよろしければ、私が用件をお伺いして、あの子に伝えますが」
そんな相手の不興を買うのは避けたくて、女は必死に言いつのる。彼は少し間をおいてから、告げた。
「……では、1つだけ。1度でいいので、神祇省を訪ねていただければ幸いですと、お伝えください」
「分かりました。必ず……!」
言葉の後に、電話が切られる。八葉は声が聞こえなくなった受話器を握りしめて、冷や汗を流した。
(……どうしましょう。こんなことなら、あの子を帰すんじゃなかったわ)
悔やんでも後の祭りだと、分かっていても。心は波立ち続けている。そんな彼女の後ろから、声をかける人影があった。
「失礼します、八葉様」
「……な、何よ?! 私は忙しいのだけど!」
女は飛び上がって、振り返る。その目の先には、山野がいた。
「琴葉様への伝言なら、私が預かってお伝えできます。いかがでしょうか」
「……え?! ……え、ええ、そうね。それならお願いしようかしら」
弱りきっていた八葉にとって、その申し出は渡りに船だ。彼女はすぐに頷いて、先程の話を山野に伝える。老女はすぐにスマホを出して、橘花の本家に電話をかけた。2人はまだ帰っていなかったが、本家には他の侍女が残っており、話を聞いてメモを取る。こうして奇妙な伝言ゲームの末に、土御門の話は玲哉の下まで届けられた。




