第八六話:葬儀、2日目・続(後編)
「……もういいわ!」
やがて。叔母は甲高い声で叫び、1人で車に戻っていった。叔父が慌てて付いていく。そして琴葉も神々と共に、少し遅れて車に乗った。桜花の家では、直会の儀……葬儀後の、客をもてなすための会食が行われていた。大広間に机が並んで、人々が集まっている。琴葉は足早に、部屋の隅に移動した。儀式が滞りなく進み、全て終わった開放感から、参列者は皆饒舌になっている。人々の話し声や笑い声が絶え間なく聞こえる広間の端で、彼女は黙って箸を進めた。その首元に、狐が自分の体を寄せる。
「……ありがとうございます」
小声で呟き、女は微笑む。食べた気のしない食事が終わるまで、彼女はずっとそこにいた。参列者たちが、1人、また1人と席を立つのを見送って。琴葉はようやく、一息つく。だが、それも僅かな間だった。八葉は残っていたからだ。客がいる時はずっと笑っていた彼女も、今は不機嫌そうにしている。
「……琴葉。あなたも今日は帰りなさい」
だから。硬質な声でそう言われた時も、驚きはなかった。
「……はい、叔母様」
頷いて、琴葉はふと、あることに気づく。
「……あの。お手伝いさんは、よろしいのですか?」
「はあ? いいに決まっているでしょう。あなたね。この私に、不自由な思いをさせるつもり?」
「い、いえ! そんなことは……」
目を三角にした八葉に言い返されて、彼女は慌てて首を振る。宵闇がため息をつきながら告げた。
「琴葉。もういい。帰るぞ」
その言葉と共に、彼は琴葉の手を引いて進む。渋い表情をした叔母から離れて、廊下の角を曲がった所で。彼の姿は、一気に変化した。青年から少年へ。長い髪は短くなり、瞳は黒に。そして入れ替わったばかりの彼……玲哉は深々と息を吐いた。
「……本当、どこまでも厚顔な方ですね。まあ、ちょうどいいとも言えますが。どの道あの方が残っていては、琴葉さんは落ち着けないでしょうし」
彼女は無言で俯いた。廊下の先、玄関には、見慣れた老女が立っている。
「お帰りですか」
「ええ。すみませんが、車を呼んでいただけますか。……それと。後はお願いします、山野さん」
主人の言葉に、老女がしっかりと首肯する。2人は彼女の横を通って、外に出た。しばらくして、山野が呼んだタクシーが来る。そして。玲哉と共に開いたドアから車に乗った琴葉は、その瞬間に気が抜けたように脱力した。玲哉が微笑み、彼女の頭を優しく撫でる。心身共に疲れきった彼女が、せめて心だけは安らげるようにと。




