第七九話:葬儀初日(後編)
縦に長い、広い部屋。床はフローリングで、最奥には2つの棺が置かれており、棺の前には祭壇がある。その前に立って、八葉は決まりきった祭詞を唱えた。
「掛けまくも畏き暁の大神。吉備の上道の桜の祇園の龍ノ口山に、禊ぎ祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等。先日亡くなりし桜花優一、桜花明葉の両名の御霊を祖霊とし、桜花家を守らせ給へ。諸々の禍事、罪、穢有らむをば。祓へ給ひ、清め給へと白す事を聞こし食せと、恐み恐み白す」
琴葉の右肩に居座る狐は動かない。彼にとって、それは100年前から変わらない、聞き慣れた祭詞だったから。だが。周りは少し、ざわめいた。
「……あれは本当に神なのか。ただの動物ではないのか」
「馬鹿なことを……! この家にいる狐は、全て神使だ。例外はない」
「しかし、あれは喋るという話ではなかったか。それに、こちらの言葉を理解するとも……」
「神の使いと、神そのものは別だろう。あれは使いであってだな……」
「いやいやしかし。神の言葉を代わりに発する使いなら、それは同じと思ってよかろう」
狐が深いため息をつく。彼は立ち上がり、後ろを向いた。
「……聞いているよ」
口にしたのは、それだけのこと。だが、参列者たちは目を見張った。祭壇に向かう八葉が、震える手を隠しながら告げる。
「……静粛に。これより先は、玉串奉奠の時間となります。前に来なさい、桜花琴葉」
「……はい、叔母様」
名前を呼ばれた女は、立ち上がって進み出る。彼女は脇に避けた八葉に向かって一礼し、木の枝にギザギザした長方形の折り紙が括りつけられた物……玉串を両手で受け取った。
(ええと、確か)
琴葉は右手で枝を持ち、左手で葉を支える。そして、斜め持ちした玉串を胸に抱えるようにして、祭壇の前で頭を下げた。
(……それから……確か、こう)
枝を持ったまま、玉串を縦にして左手を右手に重ねる。祈りを捧げてから、枝をクルリと回して、根本の部分を祭壇に向ける。そのまま両手で丁寧に、祭壇の前の机に置く。その後は2礼2拍手1礼。音を立てないようにすることも忘れず、彼女は完璧にやり遂げて、神主役の叔母に頭を下げてから自分の席に戻った。八葉は悔しげに、歯噛みする。
(よかった。作法は間違えていないみたい。ここで失敗していたら、何を言われるか分からないもの)
その姿を見て。顔には出さず、琴葉は胸を撫でおろした。横にいる宵闇は、満足そうな目をしている。八葉も流石に、神に命令することはできず、苦々しげに吐き捨てた。
「……次はあなたですよ、洋次さん」
呼ばれた男は、当惑しながら前に出る。こうして、その場にいる全員が玉串を机の上に置くまで、儀式は続いた。




