第七六話:守り神
それは真夜中。2人が眠りについた頃。庭の隅で、影が動いた。大きなモノと、小さなモノ。
「……まだ、ここに居たのか」
不意に。闇の中から、声が聞こえる。庭にいくつもの火の玉が浮かんで、声の主を照らし出した。
「君たちの肉体は、役人が運び出しただろう。……どこにあるのか分からないなら、僕が探してあげようか?」
それは小さな狐だった。一歩ずつ。炎に照らされながら歩む彼は、次第に大きくなっていく。2つの影は、その生物を避けようとした。だが、それより先に。彼らの周囲に炎が走り、円を描く。
「逃がさないよ。このために、僕は琴ちゃんから離れたのだから」
夜の静けさを切り裂くように。暁明は告げて、山より大きくなった体を曲げた。神に見下ろされた影たちは、慌てて姿勢を低くする。その姿はまるで、土下座をしているようだった。
「――桜花の名を継承した、晶子の子孫。その誇りが、まだ残っているのなら答えて。君たちは、何がしたいの?」
天から響く、彼の声。2つの影は揺らめいて、しわがれた、ノイズ混じりの言葉を発した。
「私はまだ、生きたい」
「……私も」
狐が目を細める。小柄な影は、更に続けた。
「ねえ、どうして? あの出来損ないは守るのに、何故。私たちを、見捨てたの。貴方様が、ここに居てくだされば……」
「何も変わらなかったよ」
恨みのこもった言葉に、暁明は淡々と言い返す。その目はとても真剣だった。
「言っただろう。僕はただの端末だ。神はあらゆる場所に、同時に存在することができる。……たとえ、話さなくとも。ここには他の端末が居ただろう。なのに、なぜ。僕に祝詞を捧げなかった?」
影が黙る。狐の声は、真冬の水より冷たかった。
「助けが必要だったのなら、正しい手順を踏めば良かったんだ。なのに、君たちは僕に呼びかけもせず、端末を使い潰した。アレは到底、君たちの手に負えるような相手じゃなかったのにね」
影は何も答えない。それは肯定と同義だった。ため息をついて、神は言う。
「……君たちは力の差を理解せず、勝手に戦って死んだ。それだけだ」
影を取り囲む火の勢いが増す。パチパチと弾ける音に混じって、2人の呻き声が響いた。だが、それもいつしか聞こえなくなる。やがて、円の中央に火柱が立った。狐は尾を広げて、柱を見つめる。
「本当に、どうしようもない人間だ。だけどそれでも、僕は一応、守り神だからね。あるべき場所に、帰してあげるよ」
空まで伸びた柱は、そこで折れ曲がり、屋敷から1番近い病院の屋根と繋がった。2人の遺体は、その病院に置かれている。神の目でそのことを知った暁明は、無言で尾を動かして、体の中に魂を戻した。




