第七五話:夜話
「……ふう」
主だった親戚に連絡して、琴葉が一息つけたのは、夜も更ける頃だった。
「お疲れ様です」
受話器を置いた女を見て。玲哉は穏やかな笑みを浮かべた。彼女はその表情を見て、苦笑する。
「どちらかといえば、玲哉さんの方が疲れていらっしゃるのではありませんか? 私のことを、ずっと待ってくださっていたのですし」
「この程度ではどうにもなりませんよ。……生家に連絡するのは少し、気が重かったですが」
「ああ。それは私も同じです。分家の方々にも、私の事情は知られていますから」
少年が溢した本音に、女は笑って同意する。そして、そこで。彼女は目を伏せながら続けた。
「……葬儀は明日の予定です。斎主は叔母様が務めるそうで……」
「琴葉さんは喪主でしょう? ……僕はあなたの婚約者ですが、正式に籍を入れたわけではありませんし。扱いとしては、参列者という形になるでしょうか」
「そうだと思います。……それと、ですね。あの……」
女は少し言いづらそうに、語尾を濁した。少年は真剣な顔をして、彼女の話に耳を傾ける。
「……叔母様に玲哉さんのことを話したら、喪が明けたらすぐにでもお嫁に行きなさいと言われてしまって。私には、こんな良縁は二度とないだろうから、相手の気が変わる前にと……」
「……はあ。それであなたは、僕の気が変わることなんて、あると思います?」
瞬きをして、玲哉は笑い含みに返す。琴葉は困り顔になった。
「…………その、うぬぼれかもしれませんが。私はそんなこと、無いと信じています」
「それなら結構。結婚式は、あなたにとっても一生に一度の、特別な事でしょう? 僕はあなたの心が落ち着いて、幸せになることを自然に受け入れられるようになるまで、いくらでも待つつもりです。……ですから。他人の言葉など、跳ね除けてください」
少年は女の向かいに立ち、軽く重ねられているその手を、自分の両手で包みこんだ。その温かさに、琴葉は涙が出そうになる。
「……はい。全てあなたの仰るとおりに。ありがとうございます、玲哉さん」
琴葉の声は、少し震えていた。玲哉はそれに気づいたが、口には出さずに。体勢を変えて、彼女の手を引く。
「……さあ。今日はもう、眠りましょう。明日は朝から、儀式の準備があるのでしょう?」
軽く引っ張られる力に、逆らわず。共に廊下を戻りながら、女は無言で頷いた。いつでも真っ先に、自分を思いやってくれる少年に。何度目かも分からない、感謝の気持ちを抱きながら。




