第七四話:葬儀準備(後編)
廊下の奥。固定電話の前に立って、琴葉は玲哉の方を見る。
「……どうしましょう。電話は1台だけですが……交代で使いますか?」
「いえ、そちらはあなたが使ってください。僕は山野さんのスマホを借りますから、大丈夫ですよ」
穏やかに笑って、少年は返す。それを見て、女は頷き、受話器を取った。
(……さて)
その横顔を見つめながら。彼は深呼吸をし、老女を呼んだ。
「……山野さん!」
「はい。何でしょうか、玲哉様」
「確か、スマホをお持ちでしたよね? 貸していただきたいのですが」
「分かりました」
音もなくその場に現れた彼女は、何も聞かずに自分のスマホを少年に渡した。彼は礼を伝えて受け取り、電話アプリを開いて、そらで覚えている番号を入力する。
(まずは……やはり、お祖父様からだろうな)
一線を退いたとしても、未だ橘花の実力者であり続けている老人。彼の家に電話をしながら、少年は暗い気持ちになった。
「……はい、もしもし」
電話を取ったのは、祖父の家にいる女中だった。玲哉は硬い声で聞く。
「玲哉ですが。お祖父様は、ご在宅ですか?」
「玄一様ですね。今、お呼びします」
受話器が置かれる音。人の話し声と、複数の足音。その後に、向こう側からしゃがれた声が聞こえてきた。
「何の用だ」
「……桜花家のご当主と奥方が亡くなられました。青葉さんが契約した悪魔と戦って。そして彼女も、契約の代償に魂を取られて……」
「死んだのか。呆気ないものだ」
老人の声には、何の感情もこもっていない。そして。
「神葬祭には儂も呼べ」
彼はそれだけ言うと、玲哉の返事を待たずに電話を切った。少年は言いたいことを飲み込んで、次の家にかける。
「……はい、もしもし。……あら! その声は、玲哉ね? 嬉しいわ。あなたが自分から、家に連絡をくれるなんて」
通話口から聞こえてきたのは、甘ったるい猫なで声。それだけで相手が分かって、彼は深いため息をついた。
「……お母様。まずは、僕の話を聞いてください」
「ええ、ええ! 勿論よ。可愛い息子のことですもの。それで、なあに?」
明らかに浮ついた女の声に、玲哉は頭が痛くなった。それでも、これだけは伝えなければならないと。彼は気力を振り絞る。
「桜花家の方が亡くなられました。ご当主と、奥方が」
「なあんだ、お仕事の話?」
少年が言い切る前に、女は不快そうに口を挟んだ。
「お葬式なんて行かないわ。私、忙しいのよ。お父様もね。そんなことは、お祖父様に任せておけばいいの。それより玲哉……」
言葉が途切れる。終了ボタンをタップした玲哉は、堪えきれずに呟いた。
「忙しいって? 全部遊びの予定だろう」
母はそういう人だった。子供を当主に仕立て上げたのも、全て。金と名誉を得るためだ。
(……まあいいか。言質は取ったし)
目を伏せて、彼は思考を切り替える。琴葉はまだ、電話をかけている最中だった。玲哉と違って、彼女は連絡すべき相手も多い。そのことを承知している彼は、邪魔にならないように待つことにした。




