第七三話:葬儀準備(中編)
「……あの、お願いですから」
「嫌です」
神棚の前で、琴葉は困り果てていた。
「でも。玲哉さんが、火傷してしまったらいけませんから……」
「大丈夫、あれ以上のことは無いでしょうから」
先程から、何度も同じやり取りをしている。少年の髪を焦がした火球に目線を向けて、女は小さくため息をついた。
(こんなに頑固な玲哉さんは、初めて見るわ)
だけど。嫌だとは思えないのは、彼の人柄が良いからだろうか。そんなことを思いながら。
「……分かりました」
結局、折れたのは琴葉の方だった。玲哉が安堵の表情を浮かべて、彼女の手を取る。
「……良かった」
そう言って、心底嬉しそうに笑う彼を見て。女は苦笑し、話を変える。
「……準備、まだ終わっていませんよね?」
「そうでしたね。……行きましょう」
少年は笑顔のまま頷いて、繋いだ手を離さずに、祖霊舎に足を向けた。それは、白木で作られた小さな箱のようなものだ。観音開きになっていた扉を閉じて、琴葉は上から紙を貼る。
(……お父様とお母様も、ここに……でも、青葉は)
祖霊とは、既に亡くなった先祖の霊魂だ。彼らは守護霊として、家を守ってくれている。けれど。魂が空になった妹は、そこに加わることすらできない。そう思ってから、彼女は唇を噛んだ。
(……何考えてるの、私。いつまでも、悲しんでばかりではいけないって。そう決心したばかりじゃない)
2回お辞儀をして、音がしないように2回手を合わせ、もう1度お辞儀をする。そうやって、体に染み付いたお参りの作法を丁寧に再現しながら、女は自分を落ち着かせた。
「……よし」
しばらくして。祈りを終え、顔を上げた彼女は、前だけを見ていた。その横顔を、どこか眩しそうに見つめて。玲哉は微笑み、口を開く。
「後は電話だけですね」
と言いつつも、それが1番大変なのだということは彼も分かっていた。なにせ、桜花家は奈良時代から続く名家である。親戚の数も膨大で、主だった人に伝えるだけでも、数時間はかかるだろう。その上、事は当主の葬儀だ。当然、設立時から何かと関わりのある橘花にも、仔細を報告しなければならない。
「あちらは僕に任せてください」
「……お願いします」
故に少年は、キッパリと告げた。自分の家には、彼自身が連絡をつけると。女もその意図をすぐに察して、彼の気遣いに感謝しながら頭を下げる。
「……さ、お早く。あまり遅くなると、それはそれで失礼ですから」
日はとっくに沈んでいる。暗くなった廊下に電気を付けながら、玲哉は琴葉の手を引いた。




