第七二話:葬儀準備(前編)
「お父様は、私を恨んでいるのでしょうか」
道すがら、琴葉が呟く。床を見つめる瞳は、とても悲しげだった。彼女に寄り添い歩く玲哉は、心配そうな顔をする。
「……琴葉さん」
言葉を切って、彼は彼女の腰に回した腕に、腕に力を込めた。
「もしも、そうだとしても。僕はあなたを、愛しています。神々も。あなたは決して、1人ではない」
穏やかな声が、心に染みる。女は少し、泣きそうになった。
「……はい。分かっています」
彼女は立ち止まり、ゆっくりと深呼吸をする。そして真っ直ぐに、前を向いた。
「お父様のお気持ちがどうあれ、死者が迷うのは良くないことです。未練に囚われているというなら、私にはすべきことがある。……玲哉さん。手伝っていただけますか。神葬祭の準備を」
「ええ、勿論」
少年は迷わず頷く。神式の葬儀を行うと決めた、女の覚悟を受け止めて。
「そうと決まれば、今日のうちに。連絡くらいは済ませましょう。桜花のご親戚と、橘花のお偉方。そして何より、神棚と祖霊舎に奉告する。……暁明様はご存知ですが、儀式の形は大切にしなければなりませんからね」
ニッコリと笑い、彼は返した。その笑みを見て、彼女は緊張が解けたように、体から力を抜く。
「……そうですね。白い紙も、用意しないと」
廊下を戻って、琴葉は父親が使っていた書斎に向かった。玲哉も無言で付いていく。書斎に入った女は、机の引き出しを開けて、何も書いていない紙を探した。その姿を、少し離れた場所で見ながら。少年は心の中で、問いかける。
(とはいえ不安にはなりますが。……あの影だけで、済むのでしょうか)
『知らん』
内にいる宵闇は、切り捨てるような口調で返した。そして間を置いてから続ける。
『アキが守っているのだから、滅多なことにはならないだろう。悪霊であっても、正しく祀れば害はない。それがお前たちの考え方ではなかったか?』
その質問に。玲哉は何も言えなくなる。視線をやれば、狐が生み出した火の玉は、今も琴葉の側にあった。
「お待たせしました」
やがて、2枚の白紙を携えて。女は少年の下に戻る。その姿を見て、彼は深々と息を吐いた。
(それもそうか)
納得し、連れ立って部屋を出る。神棚の扉を閉めて、そこに紙を貼り付ける。そして。神前で手を合わせながら、玲哉は心の中で誓った。
(僕は自分のために、琴葉さんを守ります)
見栄を張る必要はない。なぜなら神は知っているから。彼女の近くで浮いていた火球が動き、彼の髪の先を焼く。焦げた匂いに慌てる女に、少年は笑みを浮かべて告げた。
「大丈夫。怪我もしていませんし、このくらいは平気ですよ」




