第七十話:密議
同じ頃。佐藤と焼津は、首相官邸の会議室に呼び出されていた。
「……何度申し上げれば、分かっていただけるのでしょうか。現時点での働きかけは悪手だと」
広い会議室の端で。椅子には座らず、2人は真っ白な壁を背にして立っている。その片方。男の側は、苦々しげな表情で口を開いた。
「桜花琴葉は、両親と妹を亡くしたばかりなのですよ。そんな彼女に負担をかければ、神々の怒りを買うことになる」
彼の目の前にある長机。その周りに座る高官たちは、神という言葉を耳にして眉を上げる。ややあって、神祇省の長が言葉を発した。
「しかしね、佐藤くん。こんな機会は滅多にないよ。桜花や橘花の巫女が間接的に伝える神託などではなく、神々と直接関われるというのは。君たちも神部の端くれなら、その価値は理解できるだろう?」
「……ええ。できますよ」
ため息をついて、佐藤は上司の方を見る。彼の隣にいた部下は、書類を握るその手が、僅かに震えていることに気づいた。
(……相当、怒っていますね)
佐藤と焼津はそれなりに長い付き合いだ。その胸中を察せるくらいには。そして彼女も同じ気持ちだったため、口を挟むことはなかった。彼の声が、室内に響く。
「ですが。……50日祭が終わるまで、待つべきです。それが不可能だとしても、まだ神葬祭も終わっていない現状で、動くべきではない」
ハッキリと言い切られて、長官は少し面食らったようだった。そんな彼に向かって、男は動じずに続ける。
「琴葉さんには、心を癒やすための時間が必要なのです。せめて忌が明けるまでは、波風を立てたくはないと。そう願うことは、当たり前だと思いますが」
淡々とした声で言い放ち、佐藤は机に歩み寄る。そして彼は、書類を置いた。
「報告は欠かしません。しかし、この件についてはこれまでです。どうしてもと仰るなら、私は仕事を辞めますので」
「……っ、それは困る!」
上司は慌てて声を上げた。
「君は優秀な官僚だ。……何よりも」
「そうですね。適切な距離を保ったまま神と関われて、命令されたこと以外はしない。そんな神部は、他には居ないでしょう」
冷たく告げて、彼は深々と頭を下げる。その横で、部下も同じ動作をした。
「……お騒がせして、申し訳ありませんでした。それではこれで、失礼します」
「失礼します」
後半の言葉を重ねて、焼津は彼と共に部屋を出る。引き止める声は、聞こえなかった。2人は無言で廊下を歩き、階段を使って下に向かう。軽い靴音が、静かな空間に反響した。そして1階の裏口から、外に出た時。
「……お疲れ様です。残った仕事は、私がやっておきますので……あなたは上がっていいですよ」
目線を落として、佐藤は小声で呟いた。焼津はわざと、聴こえなかったフリをする。
「さあ、戻りましょう。雑務はいくらでもありますから」
その声に、男は一瞬息を飲んだ。けれど。
「……そう、ですね。年末は何かと忙しいですし」
結局彼は、部下の気づかいを受け入れて。そんな言葉を溢したのだった。




