第六九話:早めの夕食(後編)
台所に、並んで立つ。ヤカンで湯を沸かし、保温のためにポットに注ぐ。その間に、いつの間にか。食事机の片隅に、小さな狐が座っていた。
「……あ。暁明様……。いつから、そこに?」
机にポットを運んだ琴葉が、神の姿を見て笑みを溢す。彼はため息をつきながら答えた。
「……少し前から。説明はいいよ。おおよそのことは把握している」
そう言って、狐は彼女の背後に目を向けた。急須と湯呑み、そしてお茶っ葉を持ってきた玲哉は、その視線を受けて動きを止める。小柄な生き物は、目を細めて続けた。
「そう固くならなくていい。……僕は君を、許しているから」
「……ありがとうございます」
ホッとしたように息を吐いて、少年は持ってきた物を机に並べる。茶葉を入れた急須に、彼がポットからお湯を注ぐのと同時に。玄関の方から、小さな物音が聞こえてきた。女が顔を上げて問う。
「……お手伝いさんたちが、いらっしゃったのでしょうか」
「ああ、そのようだね。出迎えは必要ないよ。屋敷の構造は変わらないし、彼女たちは慣れているだろうから」
彼女の質問に答えたのは、玲哉ではなく暁明だった。程なくして、台所の扉が開く。
「お待たせしました」
扉の向こうには、茶色い紙袋を持った老女がいた。彼女は紙袋を机に置いて、すぐに奥に移動する。琴葉はその姿を目で追ったが、口を開くことはなかった。少年は気に留めず、紙袋から品物を取り出す。紙に包まれたハンバーガーと箱に入れられたポテトは、まだ熱を持っていた。
「……これが、あの」
目線を戻した女が、瞳を輝かせてハンバーガーを持つ。玲哉は彼女の前で、いつもより丁寧に包みを開いた。
「こうして手で持って食べるんです。……どうぞ」
「……はい」
食べ方が分からない彼女は、少年の真似をして紙をめくる。そして食べ方を確認した。
(……なるほど。パンとご飯の違いはあるけど、おにぎりと同じなのね)
分かってしまえば何のことはないと思いながら、ハンバーガーをほおばって。彼女は目を見開いた。
「……塩と胡椒が強い。トマトと、これは……みじん切りにした玉ねぎかしら。不思議な味ね」
「……お口に合いませんでしたか? それなら残してくださっても……」
「いいえ、大丈夫。……美味しいと思います。他にも種類があるのでしたか?」
琴葉の評価を聞いて、玲哉が不安そうにする。けれど彼女はニコニコと笑って、首を横に振った。その言葉に、彼は安堵の笑みを浮かべる。
「……気に入ってくださって良かった。ええ。通常のメニューの他に、期間限定の物もありますよ」
「へえ……。いいですね。機会があったら試したいです」
「おや。それでは今度は、一緒にメニューを見て選びましょうか」
「是非! ……もっと、色んなことを教えてください」
つい、勢いこんでしまったことで。女は恥ずかしそうに、目線を下げる。少年はその姿を、微笑ましげに見守っていた。




