第六八話:早めの夕食(中編)
桜花の屋敷にいた人々は、先の騒動でほとんど避難していた。静かな廊下を歩きながら、玲哉は少し考え込む。
(ハンバーガーなら、出前を取るより人に買ってきてもらう方が早いんだけど)
残念ながら、ここには家事手伝いの人が残っていない。そう考えて悩む彼を見かねて、内側にいる神が語りかけてきた。
『人手が要るなら、橘花の者を呼べばいいだろう』
(……それは越権行為では?)
『馬鹿か、お前は。今、最も大切なのは、琴葉を1人にしないことだ。そのためなら、使えるものは何でも使え』
宵闇は呆れた様子で告げる。そして彼は、少し黙った後に続けた。
『……そもそも。俺がお前を表に出したのも、彼女がそれを望んだからだ。あえて譲ってやったのだから、その分働け』
(……は、はい)
冷ややかな神の声を聞いて、少年は緊張から、僅かに体を固くする。彼のすぐ後ろを歩いていた女は、その姿を見て眉根を下げた。
「……あの。何か、問題でもありましたか?」
「……いいえ」
慌てて笑顔を作った玲哉は、廊下に取り付けられた電話の前に立って、受話器を取った。
「少し人手が必要なので、どうするべきかと思っただけです。ご心配なく」
そう言いながら、彼は自宅の番号を押す。ワンコール後に、1人の女中が電話に出た。
「……はい。橘花ですが」
「ああ、山野さん。すみませんが、仕事を頼んでもいいですか?」
「……おや、玲哉様でしたか。はい。私でよろしければ、伺います」
「これからすぐ、ハンバーガーとポテトを買って、桜花の本家まで来てください。手伝いが必要なら、適当に連れて。移動手段はタクシーにするように。それが1番速いので。費用は僕の部屋の引き出しに、予備のカードが保管してあります」
「承知しました。店と品物のご希望は?」
「そうですね。飲み物は必要ないので、それぞれ単品で2つずつ。それ以外には特にありません。道中の、寄りやすい場所でいいですよ」
「そうですか。……では、これで」
電話口にいる老女は、余計な口を挟まなかった。用件だけを聞いて、電話を切る。その対応は完璧で、玲哉はつい笑ってしまった。
(相変わらず、隙が無いな)
ひとつ、息を吐いて。彼は思考を切り替える。
「……さて。これで準備は終わりですね。後は、温かいお茶を淹れて待ちましょう。……ああいう店には、日本茶は置いていませんし。琴葉さんは、そちらの方が好みでしょう?」
「…………はい」
少年の言葉に、以前、外で食事をした時のことを思い出して。女は苦笑いを浮かべた。
(見抜かれてるなあ)
そう思うものの、嫌な気はしなくて。彼女は彼と連れ立って、台所に向かった。




