誰六七話:早めの夕食(前編)
「……あの、ごめんなさい。せっかく旅行に連れていってくださったのに」
「……今回の件に、あなたは関係ないでしょう?」
「それはそうなのですが……身内の不始末ですから」
少しして、琴葉が遠慮がちに口を開く。彼女は話しながら、寂しげに目線を下げた。玲哉は笑顔のまま、繋いだ手に力を込める。
「知らなかったのですから、仕方がありませんよ。……と言っても、あなたは気にしますよね。ではまた、改めて。創銅庵に行きましょう。旅行のやり直しということで。あちらには、僕から話を通しておきます」
「……はい」
少年の思いやりに感謝しながら、女が頷く。その瞬間に、彼女の腹が鳴った。それは微かな音だったが、静かな室内では驚くほどに響く。
「……あっ」
頬を朱色に染めた琴葉に、玲哉は温かな眼差しを向けた。
「そういえば、お昼から何も食べていませんね。今日は手伝いの方も大変でしょうし、出前で済ませましょうか。ご希望は?」
「……ええと」
目線を逸らして、言いよどみながら。彼女はほとんど聞き取れないほど、小さな声で続けた。
「……ハンバーガー、とか」
「いいですね。何にします?」
「えっ。……あの、その。よく知らなくて、私」
「分かりました。では、1番メジャーな物を頼みましょう。……少しだけ、手を離してもらえますか?」
彼は動じない。それを見て、彼女はどこか不安そうな顔をした。狐が小さく、ため息をつく。
「……この部屋には電話がないからね。玲哉の側に居たいのなら、1度起きた方がいい。……できるかい?」
彼の言葉に、女は嬉しそうに首肯する。そして繋いだ手を離し、少年の支えを借りて。彼女はゆっくりと体を起こした。
「笑われるかもしれませんけど、実はああいう物を食べたことがなくて。青葉はよく行っていたんですけど」
「僕も似たようなものですよ。家にいると、和食が多くなりますよね」
そんな会話をしながら、琴葉は布団をそのままにして、玲哉と共に立ち上がった。そして再び手を繋いで、2人は笑って部屋を出る。その背を見送って、狐は床に視線を落とした。
「……随分と荒れたな」
屋敷はほとんど崩れていない。だが、結界の要となっている桜の木が切り倒されたことで、守りは薄くなっている。
「桜花の直系で残ったのは、琴葉だけか」
とうに見限っていたはずだった。けれど心の奥底に、少しだけ。寂しさのような感情が残っていて。1人残った暁明は、自嘲するように呟いた。
「……守り神なんて、ロクなものじゃないな」




