第六五話:後始末(後編)
和室の隅に、狐が居座る。宵闇は琴葉を彼に預けて、部屋の中央にある机に向かう。佐藤と焼津は、彼と顔を合わせる位置で正座した。
「……初めに申し上げておきますが、我々とて状況は弁えています」
沈黙を破って、最初に話しだしたのは焼津だった。彼女は淡々とした声で続ける。
「琴葉さんは、今は何も考えられないでしょう。そんな彼女を、神々が……あなた方が、放っておくはずもない。ですから。私たちは、聞くべきことだけ聞いて、帰るつもりです。悪魔はどこに?」
「庭に落ちていた本の中だ。タイトルのない、黒い革表紙の。……琴葉にも説明したが、奴は不死身だ。あの本も、おそらく。燃やしても切り裂いても、けして傷はつかないだろう」
銀髪の男は起伏のない声で返す。佐藤が眉間にシワを寄せた。
「それでは対処にならないのでは?」
「仕方がないだろう。奴は青葉からアモンと呼ばれていた。それが本当の名前なら、あの悪魔は過去も未来も知っていることになる。……ハッキリ言って、規格外だ。被害が青葉だけで済んだのは、奇跡に等しい」
最後の言葉には、僅かな苦味が混ざっていた。佐藤が目を見開き、スマホを取り出す。
「あなたがそこまで仰るとは。すぐに部下に連絡して、厳重な管理体制を敷きます」
「――止めろ」
宵闇は重々しい態度で告げた。赤色の視線が、役人に突き刺さる。
「奴の名前は、俺たちしか聞いていない。いずれ魂を食い尽くされると理解していても、願いが何でも叶うとなれば、見境が無くなる。それが人という生き物だ。アレは大したことのない、無名の悪魔だと思わせておけ。そうでなければ、2人目の青葉が現れかねん」
「……わ、分かりました」
佐藤が慌ててスマホを置く。琴葉は暁明にもたれたまま、ボンヤリとした目でそれを見ていた。
「……あの」
硬い、小さな声で。彼女は役人に問いかける。
「私はこれから、どうなるんでしょうか」
佐藤が唇を引き結ぶ。その隣で、焼津が目を伏せて口を開いた。
「分かりません。……上はおそらく、橘花の意見を重んじるでしょう。最も重視されるのは、当主である玲哉様と、守り神である宵闇様の言葉だと思いますが」
琴葉が黙って瞬きする。役人たちはその姿を見ながら、席を立った。
「とにかく、この件は上手く報告しておきます。……琴葉さんのお手をわずらわせることはありませんよ」
最後に焼津は、それまでよりも柔らかな調子で言葉を残し、上司と共に去っていった。琴葉は彼女の気遣いをありがたく思いながら、狐の体に寄りかかって目を閉じる。そうして。身も心も疲れ切っていた彼女は、すぐに寝息を立て始めた。




