第六三話:神々の本音
「……う、ん……」
ややあって、眠っていた琴葉が目を開ける。
「……あさひ、様……? 私……」
金色の毛並みに体を預けたまま、彼女は目だけを動かして周囲を見た。その頭上に、影が落ちる。
「……気がついたか」
逆光の中で、赤い瞳が印象的に輝く。狐に近づいた宵闇は、そこで膝を折り、しゃがんで女と目を合わせた。
「朔様……青葉は……?」
男は答えず、痛みに耐えるような顔をする。それで琴葉は察してしまった。起き上がろうとする彼女を、狐が止める。
「待って、琴ちゃん。……もう少しだけ、ここにいて」
彼の言葉に、女は戸惑いながらも頷く。その姿から目を離さずに、宵闇は告げた。
「青葉が呼んだ悪魔は、もう居ない。……アレは人に欲がある限り、けして消滅しない存在だ。お前を守ることを考えなければ、この国から追い出すくらいのことはできたろうが……」
そこで言葉を切って、男は琴葉の腰に腕を回し、体を寄せる。銀色の髪が横に流れた。
「そうしたとしても、青葉は手遅れだった。――俺たちはとうに、優先順位を定めている。お前の心が、どんなに傷ついたとしても。俺と暁明は、お前が生きていてくれれば、それだけで良いんだ」
身を切るような彼の声に、女は唇を引き結ぶ。その目尻から水滴が流れて、狐の体を濡らした。彼女の嗚咽だけが聞こえる、静かな庭。そこに場違いな電子音が割り込む。
「…………まったく」
ため息をついて、宵闇がゆっくりと手を離す。彼はポケットに入っていたスマホを出して、通話ボタンをタップした。そして、電話口に向かって声をかける。
「事は済んだ。悪魔は、俺が何かしたわけではないが、今は大人しくしている。……分かったな? なら、2度と邪魔をするな。俺は今、忙しい」
早口でそれだけ言って、男は電話口の応答を待たずにスマホを投げる。池の方に向かって飛んだ機械は、そのまま水の中に沈んだ。彼は機械の行く末には見向きもせず、再び琴葉を抱きしめる。
「……今の、誰から……?」
「お前が気にすることではない。……それよりも、もう少しだけ。このままで居てくれ」
電話に注意を払ったのは、むしろ女の方だった。掠れた声で呟く彼女に、宵闇は穏やかな声音で話しかける。その言葉に、琴葉は不思議そうにしながらも従った。2人の下敷きになっている狐は、黙って耳だけを動かす。彼もまた、友人と同じ気持ちだった。こうして、西日が差し込む庭の片隅で。二柱の神は大切な巫女が無事であったことを喜びながら、流れる涙が止まるまで、その側に居続けた。




