第六話:神の意思
琴葉は室内を、興味深そうに見て回る。その後ろから、声が聞こえた。
「……気に入ってくださいましたか?」
振り返ると、そこには気弱そうな少年がいた。少女の肩に乗った狐が、彼を見返して口を開く。
「なんだ、元に戻ったのか。宵闇は?」
「……すいません。僕の体が保たなくて。あの方を、常に降ろし続けることはできないんです」
くるくるとした茶髪の少年は、申し訳無さそうな顔で続けた。
「それでは、改めて。僕は橘花玲哉です。傍流の生まれですが、宵闇様の依代となったことで、橘花の当主となりました。これから、どうぞよろしくお願いします」
深々と。頭を下げた彼を見て、琴葉も同じようにする。
「あ、初めまして……! 私は桜花琴葉です。その、無力な娘でしたので、本家では出来損ないと呼ばれていて……。宵闇様に助けていただいて、その流れで、この家に滞在させていただくことになりました。……こちらこそ、よろしくお願い致しますね」
「……はい。存じ上げていますよ」
玲哉は穏やかに微笑んだ。
「宵闇様の器になっていたので、あの方が見聞きしたことは伝わっています。お互い、期待されなかった側ですから。そんなに畏まらないでください」
彼の言葉に、狐は不満そうな顔をする。その一方で、琴葉は勇気づけられたようだった。
「……はい。ありがとうございます、玲哉さん」
「呼び捨てでいいですよ。僕の方が年下ですから」
「いいえ。私は、居候の身なので……」
お互いに、相手を気にしてそう言い合う。そして2人は、顔を見合わせて同時に笑った。狐はその光景を見て、ため息をつく。
(……本来なら、琴ちゃんは誰よりも大切にされないといけない子なのに)
神主も、巫女も。神に仕えて、尽くす者。本来であればそうだった。けれど長い年月の末に、人は余計な役割を付加する。現代では、大和国の中核たる2家のどちらも。当主が代々神主で、その妻が巫女となる。そういう決まりを作っていた。
(だから、僕が何度神託を下しても、琴ちゃんを連れてきてくれなかった。……あーあ。本家の者でも、僕の言うことを聞かないなんて。いつの間に、こんなに強欲になったんだか)
暁明と宵闇は、各家の始祖を愛している。故にこそ、1000年を超える時の中でも、家が途絶えないように見守ってきた。だが、それでも。限度はある。託宣を聞かず、宵闇を連れてきた時点で。暁明はとっくに、桜花に見切りをつけていた。
(もういいや。僕には琴ちゃんが居てくれるもの)
彼は守護の対象を、家から人へと変えている。琴葉は彼の巫女であり、桜花の正当な継承者。本家の者たちがどう思おうと、それは変わらない事実だった。




