第五二話:おやすみなさい
その日の夜に、琴葉は玲哉の部屋を訪ねた。
「……ごめんなさい。今日は1人になりたくなくて」
胸元で左手を軽く握り、右手でその手首を掴んで、所在なげに立つ。そんな彼女の姿を見て、少年は無言で手を伸ばした。定位置にいる狐が、耳を動かす。
「……玲哉さん……?」
「大丈夫ですよ、琴葉さん。そういう時は遠慮なく、頼ってください」
女の体を抱き寄せて、彼は耳元で囁く。その言葉で、琴葉はやっと安心できた。無意識に込めていた力を抜いて、彼女は玲哉に体を預ける。
「……ありがとうございます」
目を閉じて、琴葉はゆっくりと息を吐く。そして、今日のことを思い返して。彼女は小さな声で言った。
「……玲哉さんも、見ていらしたのですよね」
「そうですね。僕は宵闇様と、五感を共有していたので」
「迷惑をかけて、すみません。……私は、生まれない方が良かったのでしょうか」
「それでは、僕があなたに出会えませんね」
後ろ向きな思いを口に出した琴葉は、玲哉の明るい声を聞いて顔を上げた。彼は穏やかな笑みを浮かべていたが、その目は全く笑っていない。
「ねえ、琴葉さん。ご自分のことを否定しないで。僕が悲しくなってしまいます。あなたは僕にとって、誰よりも素敵な恋人なんですから」
「……あ、え」
彼女は石のように固まった。こんな風に怒られるとは思わなくて、頭の中が真っ白になる。玲哉は琴葉を引きずって、部屋の中に連れ込んだ。
「愛していますよ。僕の可愛い人。あなたに会えて、本当に良かった」
そう言いながら、彼は彼女の背を撫でる。そして名残惜しげに、手を離した。
「今夜は早めに休みましょう。……ね?」
「……は、はい」
有無を言わせぬ言葉に、琴葉は思わず頷いた。狐が床に下りて、彼女を見上げる。
「思い詰めてるとは思ったけど、まさかそんなことを考えてるなんて。勘違いしないでね、琴ちゃん。君が居なかったとしても、僕は青葉を選びはしない。君だから巫女にしたかったんだ」
「……はい」
彼女はようやく、馬鹿なことを言ってしまったのだと気がついた。落ち込むその手に、狐は自分の前足を重ねる。
「玲哉の言葉は正しいよ。朝になれば、気分も変わっているだろう。眠っている間も、僕が見ていてあげるから……あいつと一緒に、休むといい」
寝床の準備が整えられる。横にいる少年に招かれるままに、琴葉は彼のすぐ隣で横たわった。狐は2人の頭上に移動し、畳の上に丸まって伏せる。
(……温かい)
女は目を閉じて、玲哉の体温を感じながら眠りについた。側に付いていてくれる人がいることに、心の中で感謝して。




