第五一話:悪魔との契約
同じ頃。橘花の本家から出た青葉は、門を通り抜けた後に支えを失って、アスファルトに倒れ込んだ。彼女は咄嗟に手を付いて、体を支える。
「……最悪」
見下していた姉は、今頃神になぐさめられているのだろう。そう思うと無性に腹が立った。硬い地面に爪を立てて、彼女は唇を噛む。
「ねえねえ、君。オレのこと、覚えてる?」
その耳に、場違いなほど明るい声が届いた。目線の先に、人の影が伸びる。青葉は不思議に思いながら、顔を上げた。目の前の空間。先程まで何もなかったはずのそこには、1人の男が立っていた。肩まである黒髪と、特徴的な琥珀色の瞳を持つ青年。それは少し前に出会った、人ではない何かだと気づいて、彼女は掠れた声を出した。
「……あなたは」
「言っただろう。君を救ってあげるって。……契約しようよ、青葉ちゃん。そしたら君に力をあげる」
「何のために? あなたにどんな得があるの」
「うん? そりゃあ、勿論……」
楽しげに笑って、男は続ける。
「願いを叶えてあげる、その代償だよ。君の魂、美味しそうだし」
その言葉で、少女は彼の正体を察する。吸い込まれるような深い色の目を見つめながら、彼女は言った。
「……あなた、悪魔ね」
「まあ、そう呼ばれることもあるかな?」
男は微笑み、肯定する。そして悪戯な表情を浮かべた。
「でもさ、青葉ちゃん。この際、オレが何だっていいじゃない。大事なのは、これからのこと。こっちの神様に拘ってたら、君はいつまでも選ばれないよ?」
「……そんなこと、分かってるわ」
理性が警鐘を鳴らす。それを無視して、彼女は男を見据えた。
「……本当に、私の願いを叶えてくれるの?」
「それに関しては本分だ。安心して、任せてほしい」
「その期限は?」
「君が代償を払えなくなるまで。分かりやすくて、いいでしょ?」
嗤う男の手を取るのは、破滅に向かって進むことと同じだった。青葉の全身に鳥肌が立つ。震える体を無理やり抑え込んで、彼女は答えた。
「――いいわね、それ」
「受けてくれるの? やった、じゃあ契約は成立だね!」
青年は飛び上がって喜ぶ。その後に、彼は少女に近づいて、その体を支えた。
「さあ、行こう。君の願いは、口にしなくても伝わってるから」
男の腕に掴まって、青葉は何とか背筋を伸ばす。湿気をはらんだ重い空気が、彼らの周囲を取り巻いた。
(最初からこうすれば良かったのよ。これで、あの人たちを見返せる)
男の影は、人の形をしていない。そのことから目をそらして、彼女はその場に痕跡を残すことなく、彼と共に消えた。




