第五十話:神の寵愛
「……はあ」
近くの空き部屋に入って、琴葉は部屋の片隅に座った。壁に背中をつけて三角座りをし、天井を見上げる。
「青葉に何があったんだろう……」
呟いて、彼女は俯く。
(……何があったとしても、私にはどうにもできないことだ。あの家にはもう戻れないし、青葉も話を聞いてはくれない)
酷い扱いを受けていた。人と思われていなかった。それを、仕方のないことだと思っていた。自分が変われば良いだけだと。彼女は本気で、考えていた。
(でも、違ったんだ)
琴葉が居なくなったことで、両親が青葉に何をしたのか。それは彼女には分からない。けれど良くないことだと思った。青葉が追い詰められているように見えたから。
「こんな所で、何をしてるの」
部屋の扉が開けられる。細く開いた隙間から、太陽の光が差し込んできて、琴葉は入り口に目を向けた。暁明と宵闇が、並んで部屋に入ってくる。
「可哀想に。妹のことも、両親のことも。君は愛していたのにね」
大きな狐が悲しげに言って、琴葉を守るように側に立つ。
「だけど仕方のないことだ。家族は君を愛さなかった。……君の想いが報われることはない」
「……旭様」
彼女は感情が抜け落ちたような顔で、狐を見た。彼は彼女を隠すように覆い被さる。
「でもね、琴ちゃん。僕は違うよ。神は人を見捨てない。まして、君のような子なら尚更だ。誰よりも大事にしてあげる」
「無論、俺もそうだ」
足音もなく。琴葉の側に、彼が来る。宵闇は床に膝をつき、努めて優しい声を出した。
「守り神となっても、俺とアキの本質は変わらん。……初めてお前を見た時から、俺はどうしようもなく惹かれている。お前を蔑ろにする家族のことなど忘れて、俺達だけを見てくれないかと……そう思ってしまうほどには」
神々は本気で告げている。それを察して、彼女は迷った。彼らの手を取れば、きっと幸せに暮らしていける。ただしそれは、自分だけだ。
「……ごめんなさい」
故に。彼女は手を伸ばしかけて、止めてしまった。
「私は桜花の巫女として、この国と民を守りたいのです。微力でも、精一杯。力になりたい」
その答えを、二柱の神は予想していた。少し残念には思ったが、それでも。
「……ううん、いいよ。僕は君の味方だからね。君の決断なら尊重する」
「……そうだな。ただ、もう1人にはなるな。泣きたい時は、頼ってくれ」
彼らはその在り方ごと、琴葉のことを気に入っていたから。静かに涙を流し続ける彼女の隣で、その涙を拭いながら、黙って寄り添うことを選んだ。




