第四九話:妹の暴走(後編)
一瞬で、その場の空気が変わる。巫女は本来、神に仕える者だ。彼女たちに出来るのは、彼らの力を借り受けることだけ。故に。青葉の身勝手さより、琴葉の誠実さの方を良しとするのは、神には当然のことだった。透明な壁が崩れていく。その奥で。
「……うん、いいよ。行こう、ショウ」
「……ああ」
男と狐は、揃って同じ笑みを浮かべた。心の底から、喜びが溢れてくるような表情。室内に暖かな風が吹く。男は片腕を上げて、青葉が振り下ろした刃を防いだ。人の肉ではなく、固い木に食い込んだような感触に、少女は目を見開いて固まる。そして、慌てて刀を抜こうとした。
「無駄だ。アキと俺の力は互角だからな」
男は刀の背を握った。それだけで、彼女がどんなに引っ張っても、刃は少しも動かなくなる。
「……嫌。こんなの認めないわ。間違ってる。私の方が、お姉様より優秀なのよ。……だって。そうでなければ、私が捨てられてしまうじゃない」
狂ったように呟きながら、妹は刀の柄を強く握り、無理やり押し込もうとする。暁明は、その頭上に躍りでた。宵闇の後ろから、彼の体を飛び越えるように移動して。
「間違っているのは、君たちの方だ」
金色の光を纏った彼は、刀の上に前足を置いた。日本刀が端から崩れ、桜の花びらに戻って散っていく。
「晶子はこんなことを望まない。子供たちを競わせて、優秀な子に家督を継がせるなんて。そんなのは馬鹿げている」
「……うる、さい」
美しい顔を醜く歪めて、恐怖に体を震わせながら。青葉は数歩、後退した。
「私は正しいと思ったの。だって。お父様とお母様が、言っていたもの。暁明様の巫女として、相応しいのは私だって」
「それを決めるのは僕だ。神職とは、神に仕える者であり、神の代弁者ではない」
「煩い、知らない……! そんな話、聞きたくない!」
大声で叫んで、彼女は両耳を手で塞いだ。達磨のように蹲まる少女を見下ろして、狐はため息をつく。
「……やれやれ。これでは埒が明かないな」
「……今は」
彼の言葉を聞いて、それまで黙っていた女が口を開いた。彼女は丸くなった妹を見つめて続ける。
「そっとしておくべき、なのでしょう。……私もきっと、居ないほうがいいですね」
悲しげに言って、琴葉はそっと部屋を出ていく。神々は顔を見合わせて、すぐに彼女の後を追った。青葉は1人、残される。
「全部、お姉様のせいよ」
掠れた声で呟いて、少女はゆっくりと立ち上がる。柱や壁に寄りかかりながら歩いて、彼女はその場を後にした。




