第四六話:甘い檻(後編)
部屋を片付けて、2人は居間に移動した。玲哉は相変わらず、ニコニコと笑って琴葉を見ている。部屋の隅には、彼女も何度か顔を合わせたことのある、老いた召使いが控えていた。
「……ねえ、琴葉さん。あなたのために、仕立て屋を呼んでもいいですか?」
「……玲哉さんのご負担にならないなら」
「負担だなんて! 僕はありあわせの物でなく、あなたに似合う着物を贈りたいんです。ですから、ね?」
押しの強さに、苦笑しながら。彼女は漬物を口にした。
(この人は、どうして。こんなに良くしてくれるのかしら)
無言で懐を探る。預かった物は、まだそこにあった。
「……あの、これをお返ししたいのですが……」
差し出すと、彼は複雑な顔をする。薄い財布を間に置いて、2人はしばし、見つめ合った。
「……別に、僕は無くても困りませんが」
「違うのです。あの。……お恥ずかしい話なのですが、私は外での作法が分からなくて。玲哉さんに教えていただかなくては、とても1人では歩けないと……」
頬を赤らめて、琴葉が俯く。少年は目を丸くして、それから笑みを深めた。
「……それはそれは。責任重大ですね。では、これは受け取っておきましょう」
彼は財布を引き取って、自分の懐にしまう。そして老女を呼び、何事か指示を出した後に、女の方を見て告げた。
「僕の力が必要と言うなら、喜んで。任せてください。あなたが行きたいと思うところには、どこでも。お付き合いしますよ」
「……本当ですか? ありがとうございます」
琴葉には、囲い込まれている自覚がない。だからこそ、彼女は呑気に笑っていた。その一方で、暁明は目を光らせる。
「……勝手なことはしないようにね」
地を這うような低い声。それに女は首を傾げて、少年は神妙な顔で頷いた。
「勿論です。……僕はあなた方には逆らいません。目的は同じなのですから」
その言葉の意味を、琴葉は理解できなかった。けれど神は納得し、受け入れる。
「……それならいいけど。君、変わったね」
「おや。この感情に気づかせてくださったのは、あなた方でしょう?」
底知れない笑顔で、玲哉が言う。一連の流れを見ていた彼女は、不思議そうな顔で食事を進める。
「……ああ、ごめんね。琴ちゃんは気にしなくていいよ。これは、僕と彼の話だから」
そして狐も。そんな彼女に、真実を伝える気は全くなかった。少年が味方となるのなら、それはそれで、彼にとっては都合が良い。何も知らせず、いつか連れ去ることができれば。神にとっては、それが1番なのだから。




