第四五話:甘い檻(前編)
「おはようございます、琴葉さん」
その翌日。目を覚ました女は、少年と同じ布団に入っていた自分に気づいて慌てた。
「……えっ?! れ、玲哉さん……? 私、どうして……?」
「……そんな顔をなさらないで。僕は何もしていません。昨夜、酔い潰れたあなたを、お布団まで運んで添い寝をしただけです。僕たちは婚約していますし、問題ないと思いまして」
玲哉はそう言って微笑む。彼の言葉を肯定するかのように、枕元にいた狐は黙って、琴葉の側に寄ってきた。神の姿を見て、彼女はようやく少し落ち着く。
「……そう、だったのですね。迷惑をかけてしまって、すみません」
「迷惑だなんて。僕はむしろ、嬉しかったです。あなたが気を抜いていてくれて。……ずっと、他人行儀だったでしょう?」
「……それは。はい、そうですね」
少年は優しげな笑みを崩さない。その顔を見て、女もつい、笑ってしまった。
「……橘花の婚約者になれるなんて、思ってもいませんでしたから。相応しく在ろうとして、気を張り過ぎていたのかも……」
「……もう、あなたという人は。これからは、遠慮しないでくださいね」
「……頑張ります」
温かな会話を交わしながら、2人は揃って起き上がる。女が時計を確認すると、時刻は10時前だった。
「いけない、こんなに遅くなるなんて……」
思わず口走った彼女に手を伸ばして、彼は後ろから抱きつく。そして、その耳元で囁いた。
「いいんですよ、琴葉さん。何もかも、背負い込む必要はありません。今日は僕も休みますから、一緒にゆっくりしましょう。……ね?」
「……あ」
女は目を見開いて、動きを止める。狐が座って、2人を見上げた。
「うん、僕もそれには賛成だ。だけどせめて、朝ご飯くらいは食べなよ」
「……そうですね」
玲哉は少し残念そうに手を離す。固まっていた琴葉は、先に布団から出た彼を見上げた。そこには、いつも通りの穏やかな笑顔を浮かべた少年がいる。
(……大丈夫、よね?)
昨夜のことが、どうしても思い出せない。それが不安で、彼女は彼の手を取るのを躊躇った。玲哉は寂しげに、差し出した手を引っこめる。
「……先に行っていてください。僕はここを片付けておきますから」
「……あ、いえ。私もお手伝いします! ……させてください」
女は思わず、大きな声を出していた。優しい彼を一瞬でも疑ってしまったことを、申し訳なく思いながら。琴葉は玲哉と協力して、布団を片付ける。その間も変わらずに。小さな神は、透明な眼差しで2人を見ていた。




