第四三話:玲哉の変化(前編)
「ふふ……これ、美味しいですね」
花のような笑みを浮かべて、琴葉が食事を進める。その様を宵闇の内で見ていた玲哉は、無意識に拳を握っていた。
(……琴葉さん)
表に出たいと、強く願う。けれど神は主導権を手放さず、少年は初めて彼を恨んだ。
(どうして。この体は、本来なら僕の……)
(……玲哉)
見かねた宵闇が、脳内で彼に語りかける。
(これはお前が望んだことだ。忘れたのか)
その言葉に、少年は唇を引き結ぶ。忘れることなど、あるはずもない。親にすら道具として扱われてきた地獄も、彼がくれた平穏も。それでも、なお。
(……でも、僕……僕だって、琴葉さんと……)
精神体になっている玲哉は、奥底から込み上げてくる熱に焼かれて呻いた。初めて友達になれた人。初めて好きになった人。……そして。今、彼の目の前で、無防備に笑っている女性を見つめて。
(琴葉さんと、愛し合いたい……!)
(ならば俺を解き放て)
想いのままに叫んだ彼に、神は冷たい声で告げる。
(古の約定で、我らは社に縛られている。それが無くなれば、お前の体を借りる必要も消えるだろう。……頭を冷やせ、玲哉。お前は俺と、感覚を共有しているはずだ。今のままでも、ある程度は望みが叶えられている。違うか?)
(……っ! それ、は……)
少年の心が揺さぶられる。神の言葉は正しい。そもそも、視覚が同じでなければ。彼は琴葉の愛らしさに、身悶えすることもなかったはずだ。
(……だけど、僕は)
宵闇の指が、琴葉の髪を軽く梳く。彼女は心地よさそうに、男に身を委ねている。
(僕はどうしても、琴葉さんと……)
羨む声に、神は目を細めた。今の彼女は、神気が込められた酒で、前後不覚になっている。
(俺としては、そちらを咎められるかと思ったが)
魂の状態であるからか、それとも元から素質があったのか。どちらにせよ、玲哉は今の彼女を自然に受け入れている。それに笑って、彼は告げた。
(……気が変わった。いいだろう。少しの間だが、好きにしろ)
(……え?)
瞬きをした少年の意識は、次の瞬間には浮上していた。大きな狐が、何か言いたげな顔をする。が、その口が開く前に。
「……ああ。嬉しい……。ありがとうございます、宵闇様」
そう呟いて、玲哉は琴葉に口づけた。深く、長い接吻に、彼女は少し苦しげにする。
「……おっと。いけない、いけない……」
彼は慌てて唇を離した。内に居る神が呆れる気配も、あえて無視して。少年は、息を整えている女を見つめた。
「せっかくの機会を、無駄にするわけにはいきません。……ねえ、琴葉さん。僕のこと、分かりますか?」
「……はい。あれ? 玲哉、さん……? どうして?」
「少し変わって頂いただけです。……別に構わないでしょう? 僕たちは婚約者なのですから」
「……あ。そう、ですね。構わないと、思います」
思考が纏まらない彼女は、混乱しながらも彼の言葉を受け入れる。それを見て、暁明は何となく事情を察した。




