第四二話:息抜き(後編)
連れて行かれた先は料亭だった。宵闇が店員に声をかけて、2人は個室に案内される。
「おいで、琴葉」
「……はい」
彼の言葉に頷いて、彼女は共に部屋に入る。何もかも、されるがままになっている女を見て、狐は目を細めた。
「ちょっと、琴ちゃん。嫌ならそう言っていいんだよ」
「……嫌ではありません」
畳に両膝を付けて座り、彼女は微笑む。
「私は巫女です。お二方に尽くし、この身を捧げるのは当然のことですから」
「そうか。なら、まずは寛げ。ここに来たのはお前のためだ。俺やアキが楽しむためではないのだから」
その返答を予想していたのか、男は淡々とした声で告げる。自分の隣を指して、彼は続けた。
「もっと近づけ。望むなら膝を貸してやる。……なあ、アキ」
「――ああ」
狐が畳に飛び降りて、その姿が膨れ上がる。巨大化した生き物は、戸惑う彼女を促して、部屋の奥に移動した。その間に、宵闇は店員に注文を伝える。店員がメモを取り終えて立ち去った後で、琴葉は暁明に押されて、男に寄りかかるような形で座ることになった。
「……あ。よろしいのですか、こんな……」
「大丈夫。……謙虚さは君の美徳だけど、今日くらいは枷を外して。真面目すぎるのも良くないよ」
大きくなった狐は、笑って言う。少しして、店員が前菜と日本酒を持ってきた。宵闇は受け取ったお猪口に酒を注いで、琴葉に渡す。
「とはいえ、すぐには難しいだろうからな。今はこれを使うとしよう。……さあ、飲め」
勧められるままに、彼女は酒を口にした。一口で、頭の芯が溶け始める。手に持っていたお猪口が机に落ちて傾き、中に残っていた酒が溢れた。
「……あれ……?」
そこまで弱いつもりはなかった。そう思った彼女にすり寄って、暁明が告げる。
「可愛いねぇ、琴ちゃんは。それは今、ショウが御神酒にしたんだよ。君の欲を引き出すために」
くすくす笑いが、部屋に満ちる。その声は、琴葉の耳から滑り込んで、脳の片隅に焼き付いた。
「そんな……」
目眩がする。意識が浮き上がり、自分の感情が抑えられなくなる。
(……ああ。私……)
気づけば彼女は手を伸ばして、狐の背を撫でていた。彼は少し驚きながらも、嬉しそうに身を任せる。
「……なんだ。こんなことでいいの?」
「……はい。ごめんなさい、その……ペットのような扱いは、お嫌かと思って」
口を開けば、本音が出てしまう。それは恥ずかしいことだったが、かといって抑えることもできず、彼女は身を縮めるしかなかった。けれど。暁明は意に介さず、むしろ自分から、女の手に体を擦りつけた。
「いいよ。許してあげる」
「……うう」
琴葉は顔を真っ赤にした。恥ずかしさで消えてしまいたくなるのに、自分の意志では止まれない。そんな彼女の頭を撫でて、宵闇はもう1杯、酒を渡した。
「琴葉。それでいい。……何も考えるな」
彼女は手を止めて、酒を呷る。そして、そこで。彼女の意識は、雲に包まれたように不確かなものとなった。




