第四十話:遭遇
「あーあ、酷いねえ」
少女の背後で、誰かが嗤う。
「君の良さが分からないなんて、あの男も見る目がない。そうは思わない、お嬢ちゃん?」
青葉は立ち上がり、振り返った。そこに居たのは20代くらいの男。琥珀色の目が印象的な、黒髪の青年だった。
「……何よ、あなた」
「君の救い主さ。アレに勝てる力、欲しくはない? 馬鹿にされたままというのは嫌だろう?」
軽い口調に、彼女は鋭い眼差しを向ける。男は空を指差していた。それはつまり、彼には宵闇が見えたということ。その時点で、普通の人間でないことは明らかだ。
「……断るわ。私は桜花の巫女なのよ。あなたのような、得体の知れない相手の手は借りない」
そう言って青葉は刀印を組み、力ある言葉と共に振るう。彼のことを、民に害を為す異形だと判断して。
「斬……!」
見えない刃が空を切る。男はステップを踏むかのような身軽さで刃を避けて、首を傾げた。
「あれ、そうなの? 残念。君の魂は、オレ好みなんだけどな。やり合うのも面白くないし、今日のところは止めておこうか」
彼の姿が変化する。頭がワタリガラスのようになり、嘴からは犬歯が覗いた。
「その気になったら、オレを呼んでよ。君との契約なら大歓迎。二つ返事で引き受けてあげるからさ」
言葉と同時に強風が吹き、少女は思わず目を閉じる。次に目を開けた時には、男はその場から消えていた。1枚の紙だけを残して。
「何、これ……」
名刺サイズの白い紙を手にとって、青葉はそこに書かれた文字を見る。だが、それはアルファベットの筆記体。そのままでは読み取れず、スマホで調べようとして、彼女は舌打ちした。
「……もう使えないわね。服も台無しになってしまったし、全部買い直さなくちゃ」
全て、あの雷が原因だ。とはいえ、ここにはもう宵闇はいない。こみ上げる腹立たしさは、何かにぶつけて晴らすしかなくて。彼女は男に当たることで、苛立ちを無くそうとした。手に持った紙を握り潰して、強い口調でひとりごちる。
「呼ばないわ、あんな男。興味もない。私が認められたいのは、もっと高位の方なんだから」
早足で歩きだしながら、彼女は通り道にあるコンビニのゴミ箱に、丸めた紙を放り込む。そしてサッサと、先に進んだ。その背を。狼に似た、異質な動物が見つめていることには気づかずに。
「……やっぱ、いいなあ」
歌うように、ソレは呟く。
「早くこっちに来てよ、お姫様。オレたちきっと、相性がいいから」
動物は彼女の跡を追う。傾きかけた陽に照らされて、その影は不気味に歪んでいた。




